さまざまな障害のある子供たちのモデル事業を行う「華ひらく」社長・内木美樹さん
画像を見る イオンモール木更津での「華ひらく」の小さな写真展

 

■ガラスの壁の向こうにいる人にも障害のある子供たちのことをどう伝えるか、ひらめいたのは……

 

「自閉症と知的障害があります」

 

市川市のこども発達センターの医師が告げたのに対して、事前に発達障害等について調べていた内木さんは、間髪入れず尋ねていた。

 

「知的障害は中度ですか?」
「重度に近い中度です」

 

その言葉が重くのしかかる。

 

「自閉症などの障害があっても、各分野で活躍している人もいます。その存在が私の最後の希望でしたが、重度の知的障害と聞いて、一気にくだかれました」

 

しかし、女性園長は行政と相談して尊くんの担当となる加配保育士を付け、ほかの保護者たちも温かく受け入れてくれたのだった。

 

「それでも、2歳、3歳と成長するにつれて、ますます尊がじっとしていられなくなったり、大声を上げたりするのを見て、私は、うちの子が園全体の和を乱しているのではと、心配するばかりで。

 

’16年2月には、弟の謙くんも誕生。しかし、遊びたい盛りの男の子2人を公園に連れていくのは、いつも夕方5時を過ぎてから。

 

「薄暗い公園を見渡し、ほかの子やお母さん方がいないのを確かめてホッとしている自分に気づいて、また泣きたくなったり」

 

本来の自分らしさをどんどん失っていく内木さんだったが、わが子の障害を受け入れるきっかけは小学校入学と同時に訪れた。

 

千葉県立の特別支援学校への入学式でのことだった。

 

「最初の行事の集合写真の撮影で、尊がシャッターが1回下りただけのところで駆け出してしまったんです。私自身は、もう焦ってしまうばかりでした」

 

すると、周囲の先生たちが、こんな言葉を口にした。

 

「あらら、行っちゃったねえ~。元気でいいね」

 

そのやわらかな笑顔を見て、内木さんは、ようやく自分たち母子の居場所を見つけたのだった。

 

その初めての心の余裕が、彼女にあることを気づかせた。

 

「ふり返れば、保育園でも、公園でも、みなさんは私たちを受け入れてくれていた。なのに、自分で見えないガラスの壁を作っていた。

 

そうか、私こそが、障害のある人たちに対して、偏見や差別の気持ちを持っていたんだと」

 

そして’20年に入ると、家族はまた大きな一歩を踏み出す。ユーチューブで、尊くんの日常を配信し始めたのだった。名付けて、「はばたけタケル」。

 

1年後には登録者数も3千人まで増えるなど、一定の反響は得ていた。しかし、内木さんは、

 

「ユーチューブを通じて、同じ障害のある人たちの輪はできました。でも、ふさわしい表現ではないかもしれませんが、傷のなめ合いをしているうちは、社会は変わらないだろうと思ったんです。

 

だったら、かつての私のように、ガラスの壁の向こうにいるあちら側の人にも、障害のある子供たちと家族のことをどう伝えるか。お涙ちょうだいはイヤだし、できれば子供たちの自立につながってほしいと、思いました」

 

仕事や家事をしながら、また夜も寝ずに考えに考えた。そして、

 

「興味のない人も否が応でも目にしてしまうもの、感情に訴えるもの。そうだ、広告だ、キッズモデルだ!」

 

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