特別支援学校の実態を撮り続けたママカメラマン「僕にはみえているよ」
画像を見る 瑞樹君の側でジャンプする『フライ・マミー・フライ』シリーズ

 

■保護猫の写真を撮ることがきっかけでカメラを本格的に勉強

 

そしてインスタグラムで里親を探すために、初めてカメラを買って猫たちの写真を撮り始めた。

 

SNSに猫の日常の写真をアップし、ときにベッドの瑞樹も写り込んでいたりすると、特に海外のフォロワーさんから『今日も息子さんが元気そうでいいネ!』というコメントが届いたりして。

 

同時に、社会のなかで責任を持つことで、自分が個として立ち上がり始めるのを感じました」

 

もっと写真をきちんと学びたいとの思いで、京都芸術大学通信教育部美術科写真コースへ入学したのは、37歳の春だった。

 

当時の妻について、夫の宗武さんは、

 

「出会ったコンビニバイトのころから、自分の言葉で表現し行動する人だったので、瑞樹の介護が始まって彼女の世界を狭めたことは、申し訳ないと思っていました。

 

ですから写真を学びたいと相談されたときは大賛成で、『僕が新しいカメラを買おう』と申し出ました。『時間が足りない』と言いながらも、寝る間を惜しんでフォトショップなどで楽しそうに作業してましたね」

 

やがて3年生となり、彼女が卒業制作のテーマに選んだのは、自分自身だった。当初は医ケア児を被写体にするつもりだったが、担当教官は言った。

 

「自分の置かれている状況にそれほど疑問を抱き、憤っているのだから、あなた自身を題材にするほうが見た人の心に届くのでは」

 

まず最初に瑞樹君の通う学校の許可を得るため、自身の作品の束を校長室に持参して談判した。

 

「撮らせてくれたら、もう帰りたいなんて言わないし、これは大学の卒業制作なのですから、許可をしなければ教育者として一生後悔するのでは。あの控室が聖地になるほどいい写真を撮りますから」

 

校長は困り顔ながら、

 

「あなたみたいな保護者には会ったことがない」

 

と、最後には認めてくれた。

 

「撮影はエキストラを使わずに、校内の備品などもそのまま使用してます。被写体となる先生やママ友には事前に意図を隠さずに伝え、ときには絵コンテも作って納得してもらって。具体的な撮影方法は三脚を立てセルフタイマーで、ときには連写モードも使ったり」

 

給食のとき自分だけ配膳されなかったり、修学旅行の全体写真の輪から外されるといった学校での日常の場面と、そのときどきの心象が写真として切り取られていく。

 

こうして完成した卒業制作『ここにいるよ─禁錮十二年─』は学長賞を受賞。続いて、これを再構成し『透明人間』として自費出版すると、のべ800部以上の注文という話題作に。

 

さらに2022年6月には地元の府中市美術館市民ギャラリーでの写真展も実現。以降、全国から個展や講演の声がかかるようになる。

 

「写真を通じ、どんな子供も当たり前に通学できる社会になることや、わが子に障害があっても、母親が自分の人生をあきらめずに生きられる社会になってほしい、と伝えたかった」

 

さらに、「誤解を恐れずに言いますが」と前置きして、

 

「テレビのチャリティ番組などでも、『障害者の美しい命』ってよく言います。じゃ、障害者が美しいのは命だけ!? 命にしか価値がないの!? って私なんか思うわけです。

 

現に瑞樹との日常のなかで楽しい、美しいがいっぱいあります。

 

だから、そっちも見てほしい。そろそろ障害者のことを、そういう目だけで見るのはやめませんか─そんなメッセージも込めて写真を撮っています。

 

私、ストレートには撮りません。それは、かわいい、悲しいで終わらずに、余白を残すことで見た人が自分の気持ちと向き合ってほしいからです」

 

最初は保護猫のために必要に迫られ始めた写真だったかもしれない。

 

しかし今、瑞樹君との生活のなかで変わり、成長する自分自身を表現する手段にもなっている。

 

「肝硬変の末期状態が続き、おなかに水がたまったりで、瑞樹はベッドの上で『生きているだけで奇跡』という毎日を送っています。

 

もっと先のことも考えます。私たちがいなくなったあとのこと。普通ならもうじき子育ても一段落して親も第二の人生をしようかというときに、自分の死んだあとのことを考えているというのは正直切なくなったりも。

 

そんなギリギリの状況のなかで母親である自分がどう変わるのかも含めてなるべく残したいと思って、今、すごく撮ってます」

 

写真と自分との不思議なつながりに関して、最近、こんなうれしいことがあった。

 

「実は、4歳で別れた父親とコロナ禍前に三十数年ぶりに再会したら、父も鳥の写真をずっと撮り続けていたんだと。

 

さらに母方の祖父も自宅の押し入れを暗室にしていたほどの写真好きと初めて知って、なんだか不思議だったし、これからも写真を撮り続けようと素直に思いました」

 

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