母、娘、孫…女性三代が織りなす三“味”一体の大判焼き あんこも人生も決め手は「塩加減」
画像を見る 右から、加寿子さんの長女・眞由美さん、次女・弘美さん、加寿子さん、孫の加奈子さん、優光さんと妻の恵さん(撮影:水野竜也)

 

■あんこ、皮、ホイップしたバター 三代が織りなす、三“味”一体の大判焼き

 

弘美さんの長女で、加寿子さんにとっては孫にあたる加奈子さんは、甘味処の実家で育ったこともあり、子どものころから甘いものに目がなかった。幼稚園では将来の夢に「サーティワンの店員さん」と書いた。そして、なによりも、加寿子さんのあんこが大好きだった。

 

「外であんこを食べても、あまりおいしいと思わなかったです。うちの店のを知っているからかもしれないけど。甘さの加減がちょうどいい。くどくもないし、あっさりしすぎてもない。皮の破れもなく、粒が美しく整っている。

 

ただ、おばあちゃんの味を私が受け継ぐという思いは、全然なかったです。ケーキが作りたかったんです」

 

加奈子さんは、高校卒業後、浜松の製菓専門学校で学び、名古屋や静岡の洋菓子店で働いた。

 

27歳のときに結婚し、2人の娘をもうけた。いつか焼き菓子専門の店を持とうと考えていた矢先、生後2週間の次女が心臓の難病を抱えていることがわかった。

 

加奈子さんが語る。

 

「ミルクを飲んでもすぐに吐いていたんです。しばらくしたら呼吸が荒くなり、指先も冷たくなってきて、子ども病院に緊急搬送されました。小さい体にたくさんの管がつながれて……。

 

最初、原因はわからずに、おなかを切るかもしれないと言われて。1カ月で退院しましたが、今度は、結婚生活が行き詰まってしまい……。夫婦関係が破綻して、ご飯もあんまり食べられなくて、すごく痩せてしまいました。もう限界でした」

 

令和4年、加奈子さんは、4歳と2歳の娘を連れて実家へ戻ることにした。両親や祖母がいる実家なら、なんとかなると。

 

ところが……。

 

「ばあばは『そんぐらいで帰ってくるだか』と塩対応でした。優しい言葉をかけてくれることは期待していなかったけど、まあ、別に、冷たいということではなく、それがばあばだから。それに私も、慰められるためではなく、働くために実家に帰ってきましたから」

 

子ども2人を抱えた働く孫に対して、言葉少なくも加寿子さんなりの迎え方だったのだろう。

 

それからすぐに、加奈子さんは、祖母と一緒に厨房に立つように。

 

そして、まるか村松商店では、和菓子や駄菓子のほかに、クッキーやフィナンシェ、注文が入ればホールケーキまで売るようになった。一緒に働く祖母を、加奈子さんはどう見ているのか。

 

「ばあばから、お菓子作りを教えてもらったことはありません。説明が苦手で、言葉にして伝える前に、自分の手が動いてしまう人だからです。

 

あと、本当に頑固です。自分の中のルールがあって、それを曲げない。団子を焼いたあとは少し冷まさなきゃいけないとか、あんこの塗り方にもすごいこだわりがある。私が手伝おうとすると『こんなんじゃ出せないよ』って、めちゃくちゃ怒ってきます。

 

それでも今となってはかっこいいと思います。生きざまといい、こだわりといい」

 

加奈子さんが作る菓子は、派手なデコレーションはないが、素材の味がまっすぐ届く。フィナンシェもクッキーも、どこか素直な味わいだと、和菓子の口になっている常連客たちの評判も上々だ。

 

この店で季節を問わず人気なのが「あんバター」の大判焼きだ。加寿子さんのあんこを使い、弘美さんが皮を焼き上げ、そこに加奈子さんがホイップした岩塩入りの冷凍バターを重ねる。

 

あっさりした甘さ、パリッとした皮、濃厚で塩気のきいたバター。女三代が一体になった味だ。

 

その味を、店の外へ届けようとしている家族もいる。加寿子さんの孫で、弘美さんの次男、優光さん(39)は、店の営業を担いながら、加寿子さんのあんこを生かした「濃い抹茶あずきジェラート」を考案。2025年の藤枝セレクションに選ばれ、まるか村松商店の味は少しずつ街の外へも広がっている。

 

家族はみな加寿子さんの背中を見て育ってきた。

 

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