味は人なり。お店の看板が一緒でも、作る人が変わるとすべてが変わってしまうことを、山口家の江口夫妻は体験した。昨年の2月から12月まで若い人にお店を任せ、一度は“代替わり”をした2人。他の千束通りの商店街でも流れる時代の趨勢で代替わりをしたり、後継者が見つからずシャッターを下ろす店が増えていた。「特にこの10年は景気悪いね。大型店にお客さんは流れていくし、若い人も減っていくし…さみしいですね。この通りも六区の映画館が全盛だった頃は、行き来するお客さんでいっぱいでしたよ。映画が終わると店はすぐに満席になった。今は映画がダメだし、みんな歩かなくなった。昔はみんなこの道を通って浅草まで行ってたんですよ」(ご主人)代替わりした店から客足は離れ、江口夫妻の耳には、常連さんからの昔を懐かしむ声がいくつも届いた。60代も後半。でもやれるとこまで、やろう。お店に戻った2人。「一度離れたお客さんが、“やっぱりこれが山口家の味だ”って帰ってきてくれると、本当にうれしかったですね」(ご主人)「“カンバック祝いだ”ってケーキ買ってきてくれたり、握手しに来たり、ハグしに来たりね。面白いんだよ、みんな!」(ママさん)取材の終わりごろ、孫の手をひいたおばあちゃんが「今日も焼きそば、買ってかえる?」とお店に入ってきた。どうぞお掛けになって、と温かいお茶を出す店員さん。ここは街の甘味処。正月には近隣の菓子屋や相撲部屋に餅を卸し、行楽シーズンには寿司折りの注文だって入る。全部自分たちでやる。儲けは考えない。お客さんが喜んでくれて、自分たちが食べられれば、それでいい。やがてママさんは厨房で焼きそばの鍋に火を入れ、ご主人は奥でいなり寿司の仕込みを始めた。