創業当時のラーメンでは今のお客さんに受け入れられない、そう語る「春木屋」の今村幸一さん。「もちろん味の柱は崩してないですよ。でも戦後の配給下で小麦粉も調味料もまともになかった時代。お客さんの舌も痩せていたから美味しく感じた、それもあると思います」。そしてそれ以前に現在、昭和20年代と同じものは作りようがないと言う。 「昔ながらのラーメンやってますって言っても、昔の粉はないんですから。昔は地粉でやってましたけど、時代とともに小麦粉は海外からの輸入が増えて、今はそれが主流ですからね。質も変わるし、種類も増える。その中からふさわしいものを選ばなければいけない」。 昭和62年に店を継いだ後、幸一さんは麺に使う小麦粉を1種類増やした。「昔は限られた粉しかなかったから、その時代はその時代でいいんです。だけど今は今で時が流れて変化していますから。野菜にしても他の素材にしても、昔と同じものはない。"昔の方がおいしかったね"と言われないように、よく吟味して、今ある素材の持ち味を引き出さないといけない」。 たしかに作り方だけ守っていても、材料の違いに気付かなければ、味は変わってしまう。他方で日本人の味覚も年々変化していく。昭和20年代の小麦粉や野菜の味は知るよしもないが、話はこれで終わらない。 「麺もスープもなにしろ生きてるのでね。麺は揉み方次第で粉の良さを殺してしまうし、スープは火加減ひとつで出るものも出なくなる。そして日本には四季がある。熱い日寒い日、湿度の高い日低い日、それぞれ違うコンディションの中、毎日同じ味を出していかないといけない」 老舗ならではの徹底したこだわり。しかし幸一さんがここまで味を追求するようになったのは、代替わりしてからだという。