「早期発見が大事」と定期的ながん検診を勧められることは多いが、現場の専門医はその「異常なし」という結果を、「早計に信じてはいけない」と警鐘を――。
「当院では、杉並区に依頼されて区民のがん検診などを受け付けていますが、胸部エックス線検査による肺がんの見落としがわかったのは初めてのこと。過去に健診を受けた9,424人の方の画像を再度読影したところ、新たに44人が要精密検査という結果が出ました」(「河北健診クリニック」広報課)
7月17日、東京都杉並区の河北健診クリニックで、胸部エックス線検査で肺がんが見落とされた40代女性が亡くなったと、同病院が会見を開いて謝罪した。
死亡した女性は、4年前の健診で内科医が肺がんの疑いを指摘したものの、専門医である放射線科医が“異常なし”と判断。その後、2回の検査でも、病変が見落とされたという。ようやく肺がんがわかったのは、今年4月。女性患者が受診したほかの医療機関からの指摘がきっかけとなったのだった。
6月8日には、千葉大学医学部附属病院で9人の患者が、放射線診断専門医による画像診断書で記されたがんの所見を、担当医に見落とされるなどして、2人が死亡したことが報道されたばかり。
日本医療機能評価機構によると、画像診断書の確認不足は、去年までの過去3年で、47件が報告されている。医療ガバナンス研究所理事長で、医師の上昌広さんは「氷山の一角で、こうした見落としはもっとあるはず」と指摘する。
「初期の肺がんは優秀な専門医であっても単純な胸部エックス線で見つけることは困難なため、自治体で行われるような肺がん検診では“見落とし”となることが多いといわれます。より精度を高めるには、被ばくのリスクはありますがCT画像が必要でしょう。いっぽうの千葉のケースは、放射線診断専門医の報告を見落とした担当医の怠慢と、それを許した病院の責任。このようなマネジメント力が欠如した病院は、ほかにもあります。残念ながら、どちらのケースも、全国の病院で潜在的にあると思います」
どんなに医療機材が進歩しても読影するのは人間。当然ミスも出てくるだろう。匿名を条件に、放射線診断専門医は次のように語る。
「部位にもよりますが、CT画像からがんを含めた病変を100%見つけ出すことはできないでしょう。CTで肺がんを見つける専門医でも、優秀層の医師で精度は90%ほど、その次のランクで80%ほどと思われます。乳がんの検診マンモグラフィ読影認定医師でも、ほぼ同等の精度といわれています」
ということは、優秀な医師でも10~20%以上の見落としの可能性があるということになる。さらに経験の浅い医師では、その可能性が上がるのではないだろうか。数字の差は、どこで生じるのか。常磐病院(福島県いわき市)の乳腺外科医・尾崎章彦さんが語る。
「大きな病院であれば“複数の医師の目”でチェックされるので、リスクを下げられます。私自身も先輩医師に指摘されて、スルーしていた影に気づき、ヒヤリとしたことがあります」
人間ならではの“思い込み”もあるという。
「病気は、教科書どおりの典型的な見え方をするケースばかりではありません。このような画像であれば異常、ここまでなら正常として考えられるという微妙なラインを自分なりに引いて診断をするのですが、経験が少ない医師においては、その線引きが大きくずれることがありえます。加えて、画像診断において、医師は前回検査を参考にします。大きく変化がなければ『正常』として流してしまうリスクがあります」
このような人間の感覚を補うのが、人工知能のAIだ。まだ研究ベースというが、がんの発見率は80~90%にも上るという。
「専門医2人が見逃したがんを、AIが見つけ出すというケースも実際に出てきています。専門医の目、そしてAIの組み合わせで精度を高められると思います。最近では、遠隔で画像診断してくれるクリニックや団体も増えてきています。放射線の専門医不足に困る医療機関は、積極的に導入すべきだと考えます」(上さん)
読影ばかりでなく、その前提となる検査でも複数の組み合わせが有効だ。前出の尾崎さんが語る。
「若い女性は乳腺が発達しているため、マンモグラフィでは乳房全体が白っぽく見えるケースが多い。しかし、しこりも白く写りますので、見つけるのが難しいこともあります。超音波検査を併用することで、見落としのリスクが下がるといわれています。大腸がんに関しては、検便よりも大腸内視鏡検査のほうが、胃がんに関してはバリウムよりも胃カメラのほうが精度が高い。肺がん発見には、エックス線よりCTが有効です。各市区町村で行われるがん検診ではそこまでカバーできていないケースもあるので、心配な人は専門機関に相談するのがよいでしょう」
もちろん、患者の自己防衛ばかりではなく、本来は医療側の意識改革が急務のはず。
「千葉大のケースは、医療機関としてはあるまじき行為です。しかし現場サイドからすると、たとえば肺がんを疑われるケースで呼吸器科の先生がCTをオーダーして、放射線診断専門医が見ても肺に異常がなければ、安心してしまうこともあるでしょう」(上さん)
そのため、その後に放射線科医が全身の画像を読影したレポートを作成。そこに想定外のがんが見つかるケースもあるが……。
「現実的には、担当医は数多くの患者に追われて個々のケースを忘れてしまったり、レポートの封筒すら開けないことも」(上さん)
同様のミスを出さないためにも、情報は患者に積極的に公開すべきと前出の放射線診断専門医は言う。
「結果的に、がん告知が担当医からではなく、レポートでなされる問題もあるため、担当医からの反対の声もあるかもしれません。たしかに検査は担当医がオーダーしますが、検査情報は本来、患者さんのものであるべきです」
医療は誰のためのものか――。各医療機関は、その原点に立ち返ることを忘れないでほしい。