徳島空港から車で約1時間40分。徳島県南東部にある美波町は、山と海と川が身近にある自然豊かな小さな町。アカウミガメの産卵地である大浜海岸や四国八十八カ所霊場の1つ・薬王寺など名所もあり、朝ドラ『ウェルかめ』(’09年)の舞台ともなった。
住民の約6割が居住する日和佐地区には、役場、銀行、郵便局、病院、スーパー、コンビニなど、生活に必要な施設は半径2キロ以内にすべてそろっている。コンパクトで機能的な町は田舎とはいえ暮らしやすそうだ。南国の温暖な気候のせいか、住民たちも明るく穏やかな人が多い−−。
「’15年4月に美波町への移住を特集したテレビ番組をたまたま見かけたんです。『空き家を改修して住むなら、家賃は月1万円』という話に惹かれて、私も町役場に問い合わせました。いま56歳なので、経済的に老後が不安になって……」
そう話してくれたのは、いまは横浜市に住んでいる渡辺明子さん(56・仮名)。6年前に夫と離婚し、一人娘が結婚したのを機に美波町への移住を決意した。渡辺さんは5年ほど前から移住を検討し、一度は山梨市内で契約寸前までいったが、娘の初めての妊娠により断念。孫の面倒を見ながら、その後も探し続け、’16年5月、ついに念願の“終のすみか”を美波町で見つけた。
渡辺さんが短期間で理想の物件と巡り合えた理由は、美波町独特の移住サポートがあったからだ。とりわけ町役場の担当者と共に活動する移住コーディネーター・小林陽子さん(66)の影響は大きい。
「渡辺さんのような“女性のおひとりさま移住”は増えているんですよ。都会の生活に疲れていて、いますぐにでも田舎で暮らしたいという人が多いんです。この美波町は冬でもほとんど雪も降らず温かいです。美波町が移住者を呼び込むために出展している移住フェアでも毎回必ず3〜4人、女性1人の移住希望者が相談に来ます。女性1人ですと、移住に難色を示す自治体もありますが、美波町では単身者でも高齢者でも、前向きに相談に乗っています」(小林さん・以下同)
彼女は約30年前から徐々に衰退していく町の現状に危機感を抱き、ボランティアとして移住希望者たちと町をつなぐ大切な役割を担ってきた。最近では先輩移住者が地域とのパイプ役になるケースも増えているが……。
「定住してもらうには長年地域で暮らし、移住者の身元引受人となるような人間が必要なのです。空き家でも、よそから来た人が家を貸してもらうのは難しいですからね」
小林さんは生粋の美波町出身者。新聞販売店を営んでいた経験から、空き家事情や地域の人間関係に精通している。小林さんの紹介で、これまで約60組が美波町に移住し、なんと定住率は100%だとか!現在は美波町だけではなく、徳島県の移住アドバイザーも兼任している。
「空き家を借りていただく場合、家賃は月1万〜3万円が相場です。特に美波町では最低5年間住むことを条件に、改修費に最大200万円の補助を出しています(※年間6件まで、65歳未満に限る)。実際には、移住してからのほうが困ることはたくさんあるはずです。そんなときに助けてくれるような人間関係を構築するまで、私がお手伝いしています」
バイタリティあふれる小林さんの原点は、徳島県出身の瀬戸内寂聴さんとの出会いだ。小林さんは、かつて徳島で開催されていた文化交流サロン「寂聴塾」の塾生だった。
「私自身、『徳島のために……』と手弁当で私塾をはじめた先生の郷土愛に救われ、励まされた1人です。寂聴先生から学んだ生き方がいまの活動につながっているんです」