リアル『舟を編む』 「辞書の紙はヨーロッパの聖書より良質」

本年度の「本屋大賞」を受賞したベストセラー小説『舟を編む』(光文社刊・三浦しをん著)。辞書『大渡海』編集部の仕事ぶりを描いた内容で、そのモデルとなった辞書は日本を代表する国語辞典『広辞苑』だ。著者である三浦さんの取材は、『広辞苑』編集部はもちろん、『広辞苑』をはじめ100種類以上の辞書の「紙」を製造する王子特殊紙株式会社にもおよんだ。そこで、三浦さんの取材に応じた同社の楠澤哲さんに、辞書の紙へのこだわりを聞いた。

楠澤さんによると、まず何より大事なのは紙の「薄さ」。『広辞苑』の場合、製本の関係上、1冊の厚さの上限が8センチと決まっている。しかし版を重ねるたび、掲載する語数が増えていくため、それに合わせ紙もどんどん薄くなっているという。現在の『広辞苑』の紙の厚さは50ミクロン。開発に5年の月日を費やし、10回ものテストを繰り返したそうだ。

薄さのせいで印刷が透け、裏の文字と重なってしまわないように、紙の「不透明度」も大切。紙に適量の薬品を混ぜることで、文字が透けるのを防いでいるという。また、紙の「色合い」もこだわりのポイント。中学生向けくらいまでの辞書では、純白の紙を使用することが多いが、対象年齢が高くなってくると、ナチュラルなクリーム色が主流となる。昔の教科書が、その色の紙を使っていた名残りだそうだ。

「『広辞苑』の場合もクリーム色ですが、自然に近い黄色に、うっすらと赤を入れたクリーム色になっています。これは、目が疲れないようにするためです」(楠澤さん)

家に『広辞苑』第六版がある人は確かめられるはず。1枚1枚のページは、一見、単なるクリーム色にしか見えないが、ページの端を束にして丸めてみると、ほんのりと紙に赤みが差す。これが、赤い色を使っている証拠だ。

色や薄さを実現させるために、紙の「原料」にもこだわりが。同社では、辞書の紙には木材を原料とした100%のフレッシュパルプを使用。そのため日本の辞書は、ヨーロッパで聖書などに使われる紙より、質がいいと評判だという。

そして、最後のこだわりが「風合い」。『舟を編む』の中でもたびたび語られた「ぬめり感」という言葉は、ここで登場した。作中の表現を引用すると、「めくろうとすると、紙が指の腹に吸いついてくるようだ。かといって、次の紙も一緒にめくれてしまったり、静電気が起きて指にまとわりついたり、ということはない。乾いた砂のようにさりげなく、指から離れていく」というのが、完璧な「ぬめり感」だそう。例えるなら「いわゆる女性の餅肌のような感じ」という注文に応えられるよう、工場で紙を作る技術者は、最初に先輩から「紙は女性のように(優しく)扱え」と教えられるそうだ。

「言葉」という、知識を満載した辞書。その制作現場では、人々の知恵や技術がフル回転していた。

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