江戸時代から現代までの“おみやげ”を一堂に展示した「ニッポンおみやげ博物誌」(千葉県・国立歴史民俗博物館、9月17日まで)が話題に。そこで、旅行に出かけたら買って帰りたい地元の名産品の歴史やトリビアを徹底調査!

 

「庶民も旅を楽しめるようになった江戸時代、その土地に根づいた名物は、その場で食べるものでした。たとえば、門前町名物のお饅頭やお餅をお茶屋さんで食べるなどして、人々は名物を楽しんでいたのです。当時は保存技術も乏しく、当然旅程も数週間から数カ月と長かったことから、名物は家まで持ち帰り、おみやげにできるものではなかったのです」

 

ご当地名菓がどのようにおみやげ化したかを教えてくれるのは、歴史学者の鈴木勇一郎さん。鈴木さんは『おみやげと鉄道 名物で語る日本近代史』(講談社)などの著作もあり、古今東西のおみやげ文化に詳しい研究者だ。

 

「鉄道が開通する明治時代以前にも、腐らない名物はおみやげとして存在していました。江戸時代、行徳という土地は関東の河川交通の拠点。乾麺のうどんなどがおみやげとして購入され、持ち帰られていたようです。ただ、それらはかなり限定的なもの。基本的には江戸時代は食べ物のおみやげはないに等しいと言えると思います」(鈴木さん・以下同)

 

食べ物がおみやげとなったきっかけは、鉄道が開通したことの恩恵が大きい。1889年(明治22年)に新橋駅から神戸駅までの東海道線が全通して以降、各地の名物が持ち帰れるようになったのだ。

 

「鉄道の影響は、単に旅行の時間を縮めただけではありません。京都の八ツ橋、岡山のきびだんご、伊勢の赤福餅、郡山の薄皮饅頭など、その土地の名物が駅のホームで売られるようになりました。名物が駅で立ち売りされていると、乗客はおのずとどの駅でどんな名物が売られているかを知ることができました。鉄道が名物の知名度を飛躍的にアップさせたのです」

 

以降、鉄道や高速道路など全国の交通網が整備され、飛行機という新たな交通手段が一般化していくなかで、名物のおみやげ化がさらに進み、また新たなおみやげも創られていく。

 

「白い恋人と萩の月は飛行機、うなぎパイとひよ子は新幹線が育てたおみやげと言えるでしょう。桔梗信玄餅も中央高速の開通と特急あずさが運行を開始した影響が大きいですね。それらは、高度経済成長期に新たに創られたもの。明らかに全国の交通網の発達が、日本のおみやげ文化を育てていったのです」

 

最後に、今後のおみやげはどうなっていくのかを鈴木さんに聞くと、大きな流れが2つあるのだという。

 

「まずは、ポッキーやキットカット、柿の種のような大手メーカーの既存の有名菓子と、現地の名物のコラボ商品です。今でも人気がありますが、これならおいしいのかどうか味がよくわからないものより、きちんと味が予想でき、確実ですよね。あともう一つは、『現地に行かないと買えない』などの限定商品。今や全国の名菓をインターネットでも買えてしまう時代。アンテナショップや物産展、百貨店でも販売しているので、希少価値のあるおみやげに需要があるのです。旅行や出張のおみやげは『その場所に行ってきた』ということが大切。そうした土地の証明ができるおみやげが残っていくのではないでしょうか」

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