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都内に住む山内洋子さん(50)は、25歳で結婚し3人の子どもを出産。専業主婦をしていたが、いちばん下の子が中学校に入ったのを機に、再び働きだした。長年の“ブランク”をどう乗り越えて、今の仕事に出合ったのか。本誌に語ってくれた。

 

結婚前は、広告制作会社で働いていた山内さん。27歳で長男を出産後、1年間の育休を取った後、職場復帰。その後2年間は正社員として頑張ったが、次男の妊娠とともに離職し専業主婦に。36歳で末っ子を出産した。

 

「当時は40代になると仕事はないといわれていたので、同世代のママ友は、第1子が中学に入学するタイミングで“小手試し”にパートの仕事を始める人が多かった。でも、私は末娘が小さく、働けなくて。ランチに行きたくても友達はパートや仕事。私はひまで、一人取り残されている気がしました」(山内さん・以下同)

 

末娘が中学に入ると、すぐに仕事探しを始めた。

 

「インターネットやタウンワークで探しました。第1志望は事務職でしたが、勤務地が都心部にあることが多い。ブランクが長かったことで、通勤に着ていくスーツも持っていないし、満員電車に乗る自信もなくて、どこか気後れしてしまいました」

 

そこで自宅から近く、勤務時間が9時から17時という条件で探したという。

 

「インターネットでのWEBエントリーは、応募フォームに入力して、ポチッとすれば終了。でも、選考に落ちると返事すらなくて、ショックでした。大学の新卒で就活していたころはバブルの余韻がまだあり、採用試験を受ければ、たいていは合格する時代でした。だから落ち慣れていないんですよね。『年齢のせい』『もう仕事探すの、やめる』と、再就職をあきらめる同世代の友達もいました」

 

それでも山内さんがあきらめなかったのは、年下のママの言葉があったから。

 

「彼女たちは、就職氷河期を経験しています。やっと受かった職場で30すぎまで働いて、30代後半になって出産している人も多かった。そのママ友に、『採用試験に落ちて、落ち込むなんて甘い! エントリーしてなんぼ』と教えられて。目からうろこでした(笑)」

 

久しぶりに履歴書を書くのも緊張したという。

 

「とくに『自己PR』欄。自分の何をPRすればいいのかわからなくて、趣味のことや、主婦としての経験を書きました」

 

そのときに発見したことがある。

 

「3人を出産し子育てしていたので、子どもの気持ちに寄り添うことなら得意かな、と。それを生かして保育や幼児教育の事務をしてみたいと思いました」

 

応募していたうちの3社から、「1次選考に通ったので、面接に来てください」と連絡があった。

 

「すごくうれしかったです。第1志望と思っていた、働くお母さんが子どもを預ける施設での、事務職の面接にも呼ばれましたし。ただ、実際に話してみると、私の希望する勤務条件と合わなくて、辞退することに」

 

面接には保護者会用の服で臨んだという。

 

「白いシャツにカーディガン、パンツ、ローヒールのパンプスで、清潔感を心がけました」

 

自己PRも、ことさら“頑張る”ことはしなかった。

 

「『バリバリ働きます!』というより、『あなたの色に染まります』という感じ(笑)。『求められていることをしっかりやります』と。それで受かったのが今の会社です」

 

自宅から歩いて10分。就業時間は9時から17時30分で、週に5日。仕事内容はサービスセンターでの事務で、PC入力と電話応対がおもな業務だ。

 

最近、「無理して完璧に家事をやろうとしなくてもいいんだ」と思えるようになったと山内さん。

 

「毎日掃除機をかけられないのが、最初は嫌でした。でもだんだんと、仕事して稼いだぶん、家事は少しくらい手を抜いたっていいのかな、と思えるようになってきて」

 

そこにはご主人の「お弁当屋さんのお総菜でもいいじゃない」というひと言もあったという。

 

「夫が週末に料理をしてくれたり、子どもたちも洗濯物の取り込みを手伝ってくれたり……。仕事を始めてからのほうが、むしろ家族仲がよくなった気さえしますね」

 

「女性自身」2020年3月17日号 掲載

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