「“3年後でいいだろ”と気軽に言えない」佐々木朗希 ロッテのトレーニングコーチが明かす「メジャー挑戦が早かった理由」
画像を見る 大谷翔平、山本由伸とともにドジャース日本人投手トリオの一人として一躍脚光を浴びた佐々木朗希。今季は3人が開幕から先発を務めた

 

■「一人では生きていけないと実感しているから感謝を欠かさない」

 

ドジャース入団直後の昨年2月21日には、自身のインスタグラムで一般女性との入籍を報告した。

 

「どんな人か知らないのですが、早いうちにすると思っていました。『結婚おめでとう。末永くお幸せに』とLINEを送ると、『ありがとう』と返ってきました。想像ですけど、朗希は突っ走るタイプなので、何も言わずに支えてくれる女性なのかな」(柴田さん)

 

メジャー1年目は故障もあって1勝にとどまったが、ポストシーズンでは9試合に登板して防御率0.84と大活躍し、「守護神」としてドジャースの世界一に貢献。その興奮冷めやらぬ昨年12月、朗希は能登半島で復興支援の野球教室を開催した。柴田さんが話す。

 

「朗希は家も小学校も津波で流されて大事なものも全部なくなってしまった。それでも、母をはじめとした大人の尽力や寄付のおかげで野球を楽しめた。僕もそうですけど、もしあのころ野球をできなかったら、精神的にもっとつらかったと思います。その経験があるから恩返しの意味を込めて、能登で野球教室をしたのだと思います」

 

一家と親交の深い元陸前高田市長の戸羽太さん(61)も、朗希の心には常に幼少期の体験があると考える。

 

「あの世代の東北の子どもは多感な時期に被災して、街が崩壊し、家族構成も大きく変わった。仮設住宅での生活を余儀なくされ、親の苦労も間近で見ている。だから、普通の子どもとは根本的な考え方が全然違うと思います。朗希くんも人は一人では生きていけないと実感している。だから母親や周りへの感謝を欠かさない。その思いが能登の被災者に寄り添う気持ちにつながっているのでしょう」

 

菊地さんも朗希の地元愛を実感していた。

 

「大船渡での二軍の試合に帯同したとき、『すごくいいところでしょ?』とわざわざ電話をくれたんです。『あの辺りに行けば、おいしい店がたくさんありますよ』と教えてくれました」

 

今季、朗希は勝負の2年目を迎えている。オープン戦は防御率15点台と絶不調だったが、井口さんは期待をかける。

 

「状態が悪い分、課題が見つかり、自分のすべきことが明確になったと思います。朗希はいずれ(年間最優秀投手に贈られる)サイ・ヤング賞を取れる素質を持っていますし、常に目標を忘れず自分を律している。修正してくれるはずです」

 

予期せぬ震災、地方大会決勝での不登板やメジャー挑戦時のバッシング……佐々木朗希の人生は苦難とともにあった。だが、栄光の前に険しい道はつきものである。「今を全力投球」して、自分のために、岩手のために、そして家族のために─世界一の投手になるまで、朗希は希望を胸に腕を振り続ける。

 

(取材:長冨俊和、岡野誠/文:岡野誠)

 

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