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「現在、不妊治療で広く普及している顕微授精は、極力避け、できるだけ自然に近い授精にもっていく。それが私の不妊治療の主軸です。そのために“精子選別”を行い、高精度な精子精密検査による“精子機能解析”をしたうえで、患者さま夫婦それぞれに合ったART(生殖補助医療技術)を選択しております」

 

ゆったりとした口調で、黒田優佳子先生(53)は話し始めた。身長155センチと小柄だが、豊かな黒髪をふわりとカールさせた美人先生の言葉は力強く、確信に満ちていた。黒田先生は日本、いや世界でもまれな臨床精子学を専門とする婦人科医だ。

 

不妊といえば、女性の卵巣や子宮、そして“卵子”ばかり問題にされてきた。ところが、先生は医学生のころからヒトの“精子”に着目した。精子の基礎研究に没頭し、健康な精子を細胞レベルで見分け、DNAの損傷まで確認できる高い技術を編み出した。その高度な技術を駆使して不妊に挑む「黒田メソッド」には、精子学を専門として25年にわたって培ってきた揺るぎない自信がある。

 

「『女で精子に興味があるなんて』と揶揄されたこともありましたが(笑)。不妊の原因は女性側(女性不妊)にあると思われがちですが、原因が男性側にある“男性不妊”も半分あるんです。女性不妊に関しては、種々のホルモン製剤が開発され、治療成績は飛躍的に向上しました。ところが、男性不妊は、現在のところ、精子数と運動率だけが重視されており、機能の異常が軽視されています」

 

男性不妊では、精子の数が少ない場合が多いので、精子1匹を細いガラス管で卵子に直接、送り込み顕微鏡下で授精させる“顕微授精”が、その授精率の高さから脚光を浴びた。先生はその現状に危惧を抱く。

 

「顕微授精では、活発な精子が1匹あればいいとされ、汎用されていますが、元気に動いてもDNAになんらかの損傷があるものもあるんです。逆に動きが悪かったとしても、DNAに損傷のない精子もあります。顕微授精では、これまでさまざまな危険な症例を見てきました。流産した赤ちゃんの病理検査をすると、見たことのない染色体異常が、散見されたのです。この治療法は医療としてあるべき本来の姿ではないと私は思うのです」

 

医師としての正義感が、黒田先生を突き動かす。

 

「不妊治療をする医師は、不勉強が半分、確信犯的に危険な治療をしている医師が半分。それでは生まれてくる子どもに対して、無責任ではないでしょうか。危険な医療のしわ寄せがいくのは子どもです。障害のある子どもが悪いわけではありません。ただ、人工的に障害のある子どもをつくる可能性が考えられる医療を、あえてする必要があるのでしょうか」

 

生命の安全より、効率が重視され、妊娠率だけを誇る医療で本当にいいのか。現在、不妊治療によって生まれる子どもは年間で3万人以上にもなる。最も古い人工受精の歴史は70年。日本初の体外受精からは約30年。顕微授精は20年しかたっていない。それでも現在、顕微授精が全不妊治療の70〜80%を占めるまでになってきた。

 

黒田先生は声高に訴える。生まれた子どもたちが心身ともに健康に育ち、平均寿命まで元気に過ごせる安全な不妊治療を目指してほしい、と。

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