東京都中央区銀座1丁目。銀座とはいえ、中心街から少し離れ、歌舞伎座の裏の裏にあたる小さな通りに、レンガ造りの鈴木ビルが立っている。円形の明かり取り、階段脇の抽象画などの装飾が大正ロマンを彷彿とさせる。ビル正面のプレートには「昭和四年竣工、東京都選定歴史的建造物認定」とあった。
その鈴木ビル1階に、5月5日オープンした「森岡書店」は「1冊の本を売る書店」だ。1週間で1冊の本を置く。わずか5坪の店内だが、毎回、「今週の1冊」を表現するさまざまな工夫が凝らされ、5坪の空間が万華鏡のように週替わりで変化するユニークな書店として、アーチストや写真家、作家など、感度の高い文化人の注目を集めている。
取材初日、店内中央の机には『民藝の教科書』のシリーズが並べられ、周囲に、本に掲載された陶器などが飾られていた。店主の森岡督行さん(41)は、カウンターの左端に置かれた青いガラスの壺を指し、「これ、すごいんです。あの倉敷ガラスの創始者・小谷真三作で……」と少年のようにうれしげに語りだしてまもなく、5人組のお客がやってきた。
「私たちは韓国からの旅行者です。森岡さんと森岡書店は韓国では有名で、どうしても来たかった。日本の伝統的な芸術品を手に取ることができ、本も買いました。また、ツイッターで皆に報告します」
森岡書店を舞台に、1冊の本を介した出会いが軽々と国境を超え、広がっていた。森岡書店には形があるようで、ない。コンセプトは唯一「1冊の本を売る」だけだ。「今週の1冊」が、どう展示され、表現されるのか、毎回違う。1冊の値段も100円から1万円近い高価なものまでまちまちだ。
11月末の「今週の1冊」はミヤケマイさんの画集『膜迷路』(羽鳥書店)だった。毎週月曜日の定休日に、次の週の展示を設営するが、森岡さんは設営日も店に来て手伝っているので、休日がない。24日は店内で、中国・新華社通信の取材を受けていた。英才教育機関「上海少年班」の著名な先生が、森岡書店をネットで紹介。以来、中国でも森岡書店は注目の的という。
最近の森岡さんは、アパレル企業などに、本屋を兼ね備えた新店舗のコーディネートを頼まれ、作家業も忙しい。『荒野の古本屋』(晶文社)、『本と店主』(誠文堂新光社)などの著書もあり、『芸術新潮』に連載を持って大忙しだ。
29日。店内で長身の男性がミヤケさんの作品を熱心に鑑賞していた。テレビでもおなじみのロバート・キャンベルさん(58)だ。キャンベルさんと森岡さんは、旧知の仲だそう。
「森岡さんは、なんだか関わりたくなる人。押しも強くなく、ふわふわしているのに、ぶれない軸を持っている。私は彼を『火種みたいな人』と思いました。関わると、長く付き合うことになり、ずっと互いを刺激し合う関係が続くんです」(キャンベルさん)
本を1冊に絞り込んだその先に、見えてくる世界の心地よさ。森岡書店は、本から広がる無限の可能性を感じさせる、そんな場所だ。