「コロナ禍以降、経済の先行きが不透明になり、会社員でも雇用や収入に不安を抱く方が増えています。こうした状況では老後の資金確保にも焦りを感じやすいものですが、目先の利益に飛びつくと失敗を招いてしまいます」
こう話すのは、お金にまつわるセミナー開催やコンサルティングを請け負う「ぜにわらい協会」会長の吹田朝子さん。吹田さん自身も、これまで3,300件以上の相談を受け、さまざまな家庭のお金の使い道を設計してきた。
「お金に振り回されやすい人は、老後のお金でも失敗しがち。一度ご自身のお金にまつわる考え方をチェックしてみましょう」
老後資金にまつわる代表的な不安といえばまっさきに浮かぶのが「老後2,000万円問題」。’19年、金融庁が公表した報告書の中で、夫65歳、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯で、今後20〜30年生きるとした場合、年金を受給しても約1,300万〜2,000万円が不足すると報告され、議論を呼んだ。吹田さんは、こう指摘する。
「誤解されている方が多いのですが、この数字はあくまで統計上の平均値であって、必ずしもすべての家庭に当てはまるわけではありません。家族構成や家庭の事情によって、必要な老後資金は変わってきます」
特にリタイア後の生活資金は家庭によって大きな差が出る。都市部か地方なのか、旅行などのレジャーに積極的に出かけたいのか、家庭菜園を楽しみながら自宅中心の生活を送りたいのか、それだけでも違うのは明らかだ。
「ですから、2,000万円と聞いて慌てて貯金に走る前に、老後にどんな生活を送りたいのか、そのためには毎月どれくらい生活費が必要なのかをあらかじめ夫婦で話し合い、具体的にイメージしておくことが大切です。金額だけを目標にしてしまうと、途中で挫折したり、節約のストレスから浪費がふくらみがち。『こんな生活を送りたい』という目的をはっきりさせましょう」(吹田さん・以下同)
必要な金額がイメージできれば、根拠のない不安から焦ることも少なくなる。
老後資金についても、家計と同様に見える化して考えよう。特に資金を「守りのお金=年金・保険」と「攻めのお金=投資・運用」の2つに分けると、具体的に何をすべきか見えてくる。その結果、不安が減り、失敗が少なくなるのだ。
「50歳以上なら、毎年誕生月に送られてくる『ねんきん定期便』で、将来受け取る年金の見込額を確認できます。その金額さえわかれば、夫婦でイメージしている老後の暮らしを送る場合、毎月の不足分がいくらになるのか、おおよそ予測できるでしょう」
公的年金制度は、20歳以上60歳未満のすべての人が加入する国民年金と、会社員や公務員が加入する厚生年金の2階建て構造になっている。国民年金に10年以上加入していれば老齢基礎年金を受給でき、さらに厚生年金の加入期間がある場合は、上乗せして老齢厚生年金を受給できる。
「国民年金の保険料を40年間欠かさずに納付した場合、年間で受け取れる老齢基礎年金は約78万円。ですが、受給の開始時期をずらすと、この金額は増減します」
公的年金の受給は原則65歳からだが、希望すれば、60〜70歳の任意の時期に受給を開始できる。
「ただし、65歳以前の繰上げ受給はデメリットが大きくおすすめできません。受給を1カ月早めるごとに、65歳の受給額に対して0.5%ずつ減額されていくのです。たとえば、60歳で受給を始めると、5年(60カ月)前倒しになるので、60カ月×0.5%=30%の減額です。老齢基礎年金についてみた場合、65歳からの受給額を年額70万円とすると、49万円まで減る計算に。長く生きると、生涯の総受給額が少なくなる可能性があり、しかも、一度繰り上げを決定すると取り消しはできません」
いつごろ総受給額が逆転するかは年金加入歴などによって異なるが、一般的には繰上げ受給開始から16年8カ月〜9カ月後が損益分岐点といわれる。60歳から受給開始した場合、77歳以降も生きると、損をするということだ。
いっぽう、70歳まで受給を繰り下げた場合はどうだろうか。
「1カ月繰り下げるごとに0.7%ずつ増額されます。70歳まで繰り下げると、60カ月×0.7%=42%の増額。65歳からの受給額が年額70万円なら、99万4,000円にアップします。100年人生といわれる今、繰り下げたほうが結果的に得をする可能性が高いでしょう」
今回の試算では老齢基礎年金だけを見たが、受給開始時期により老齢厚生年金も同様に増減する。
「老齢基礎年金、老齢厚生年金の片方だけ繰り下げる選択も可能です。夫が会社員で厚生年金に加入しており、妻が年下の場合は『加給年金』を受け取れるので、老齢基礎年金だけを繰り下げ、加給年金とセットの老齢厚生年金は65歳からの受給としたほうが得となるケースがあります」
加給年金とは、厚生年金加入者の扶養に入っている年下の配偶者が、65歳になるまでの間に受け取れる年金のこと。たとえば夫が65歳、妻が61歳のときに老齢厚生年金の受給を始めても、65歳未満の妻はまだ年金を受け取れない。その代わり、65歳までの4年間、年額約39万円の加給年金を受給できるのだ。老齢厚生年金を繰り下げてしまうと、待機中は加給年金を受け取れない。
「公的年金以外の所得が1,000万円以下の世帯では、公的年金の収入が年間110万円を超えると所得税が発生します。繰下げ受給により110万円を超える場合は、繰り下げずに65歳までの加給年金を優先するのがベターです」
「女性自身」2020年11月10日号 掲載