老人性うつの初期症状は「老化だろう」と見過ごされがち(写真:アフロイメージマート) 画像を見る

長年にわたり高齢者医療の現場に携わってきた精神科医の和田秀樹さんは、うつ病全体の患者のうち、高齢者の占める割合が増えてきていると警鐘を鳴らす。

 

「日本でははっきりした統計がとられていませんが、アメリカの地域住民調査などでは、65歳未満で人口の3%ほどだったうつ病の有病率が、65歳以上では約5%に上昇するという結果が出ています。高齢者ほど発症しやすい病気であることを考えれば、高齢化が顕著な日本では必然的に老人性うつの患者が増えていると考えざるをえません」(和田さん、以下同)

 

うつ病の診断を受けた人のほかに、恒常的に気分がさえない、意欲が湧かないなどの抑うつ傾向がある人もいる。

 

「うつ病患者と、その予備群を合わせると、高齢者人口の10%ほどになるという見方もあります。すでに日本には300万人超の老人性うつの患者、およびその予備群がいると考えていいのではないでしょうか」

 

老人性うつの初期症状には、なんとなく元気がなくなる、ボーっとすることが多い、などのほか、食欲減退、睡眠障害などがある。食が細くなることや夜中に何度も目が覚めるのは「老化」だろうと見過ごされてしまいがちだが、これらの変化が5〜10年と少しずつ変わっていったものであれば加齢が関係しているケースが多いものの、急に様子が変わった場合は、うつ病の可能性が疑われると和田さんは言う。

 

「放置して悪化すると、認知症や自殺のリスクも高くなってしまいます。自殺者の5〜8割はうつ病患者であるともいわれています。うつ病を『心のかぜ』と表現することもありますが、これは『かぜをひくくらい、誰もが発症しうる病気』だから。しかし、うつ病の実態はかぜとはまるで違う。自殺を招くなど、命にかかわることもある点を鑑みれば、うつ病はむしろ『心のがん』といったほうが正しいのではないでしょうか」

 

うつ病を患う大きな原因は、精神的・身体的ストレスを受けることで脳の神経細胞が傷つき、神経伝達物質「セロトニン」の分泌量が減ること。セロトニンはそもそも加齢とともに分泌量が減少するため、高齢者にとってはリスクが大きい。さらに、

 

「粗食で、肉類をほとんど取らない食生活では、セロトニンの材料となるトリプトファンというアミノ酸が不足し、セロトニンが不足してしまいます。また、日光浴もセロトニンの分泌を促すのですが、この3年間続いたコロナ自粛で、外出を控える高齢者が増えたことも老人性うつの患者を増やす遠因になっているのでは、と危惧しています」

 

いっぽう、和田さんは「老人性うつは一般的なうつよりも治療しやすい面もある」とも話す。

 

「高齢の患者は初期の段階でセロトニンの量を増やす薬を服用することで、治療開始から数カ月、早い人なら数週間で、6〜7割の人が元気に回復しています。そのためにも早期に医療機関、それも高齢者を多く診てきた経験豊かな専門医を受診することをおすすめします」

 

“高齢者の診察経験が豊富な専門医への受診”が望ましいのは、老人性うつと認知症の初期症状がとても似ているためだ。

 

和田さんによれば、家族が認知症を疑い病院を受診させたところ、じつは老人性うつだったということもあれば、ときには医師ですら診断を間違い、老人性うつで記憶力が低下した患者に、アルツハイマー病の進行を抑える薬が投与されていたケースもあったという。

 

見分けるために、家族が注意すべきポイントはあるのだろうか。

 

「老人性うつは“急激な様子の変化”が“同時多発的”に進むのが特徴です。たとえば、実家に1人で暮らす親の元へ3カ月ぶりに帰ったとします。以前はきれい好きだったのに風呂に入らなくなり、着替えもしなくなって、食欲が落ちて激やせしていた、などの場合は老人性うつの疑いがあります。認知症の場合、それらの症状は通常もっと緩やかに進行していくからです。物忘れについては“忘れたことを自覚できている場合”は、認知症よりもうつの可能性が高いと考えられるでしょう」

 

真面目で責任感の強い人ほど陥りやすいという「心のがん」。自分や家族の早期治療のチャンスを逸することのないよう、その病気の脅威を認識しておくべきだろう。

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