改めて愛息の首に金メダルをかけて。「この子が生まれてくるってことが、すごい力になったと思います」(羽賀さん・撮影:須藤明子) 画像を見る

【前編】ドラマで話題の車いすラグビーがくれたGIFTは「金メダル」と「家族」から続く

 

交際開始から2年後の2021年。東京パラリンピックのすぐあとに、羽賀さんと久下さんは結婚。だが、そこに至るまでにも、またハードルがあった。羽賀さんが振り返る。

 

「一般的に、障がい者との結婚となると、お相手のご両親は心配しますよね。きっとわからないことが多すぎるので。反対というより心配なんだと思いました」

 

東京パラリンピックの少し前、羽賀さんは久下さんの両親に挨拶に出向いた。そこで、自身のことを丁寧に説明したという。

 

「彼が疑問点を一つひとつひもといてくれて、両親が納得してくれたことで少しずつ前進できました。なにより、東京大会での日本の躍進も大きな力になりました。彼が出場している試合の中継を両親も見てくれて。『すごいスポーツだね』って。

 

父なんか、日本の銅メダル獲得の速報が流れると『うちの息子、メダリストだ!』って、職場で自慢したりして(笑)」

 

2024年。久下さんは第1子を懐妊。夫婦はその年、開催されるパリパラリンピックで優勝を目標に掲げた。「生まれてくる子に金メダルを」と。結果、羽賀さんが副主将を務めた日本は、悲願の初優勝を果たす。そして、同年11月、長男(1)が無事誕生。久下さんはその日の夜、夫と交わしたビデオ通話を、鮮明に覚えていた。

 

「赤ちゃんと私のツーショットを見ながら、夫が言ったんです。『俺、ちゃんとしなきゃ』って」

 

羽賀さんは「自分はどこか“なんとでもなる精神”が強すぎるところがあるので」と笑った。

 

「事故のあともそうだったように、なんとでもなるって思うことが多くて。でも、子どもが生まれた以上、それではダメだと。『この子のためにも、ちゃんとしなきゃいけないな』って」

 

「ちゃんとしなきゃ」の言葉どおり、羽賀さんは、長男の首に金メダルをかけたのだ。羽賀さん、そして久下さんにとって、2024年は忘れ難い喜びの一年になった。

 

障がいが残ったことで出会った車いすラグビー、競技を介して出会えた2人、そして彼らが育んだ、その至福の時こそが、まさに“GIFT”だった。

 

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