海洋プラごみをネイルに!起業賞受賞のママは車椅子のネイリスト
画像を見る 「お客さんの笑顔を見るのが一番うれしいんです」と有本さん

 

■バリアフリーのネイルサロンは少ない。感動する顧客の姿が、何よりもうれしかった

 

有本さんは再就職のためにハローワーク通いを始め、車いすでも働ける職場を探した。

 

「障がい者雇用の枠で探すんですけど、なかなか……。健常者と比べるとはるかに求人数も少なく、仕事の種類も限られてるんです」

 

それでも、なんとか地元の企業の事務職に就くことができた。

 

「入社の際、職場はハード面のバリアフリーは整えてくれました。スロープや、ドアに大きなノブをつけてくれて。でも……」

 

入社後、間もなくして有本さんは先述の筋弛緩剤を注薬する機械を腹部に埋め込む手術のため、1カ月ほど休職した。休み明け、久しぶりに出勤すると、直属の上司の態度に変化が見られた。

 

「何度、挨拶しても、声をかけても、言葉が返ってこないんです。でも、その人の指示を仰がないと仕事ができないので、勇気を振り絞って聞きました。『私、何かしちゃいましたか?』と。すると彼女、言ったんです。『有本さんはトイレなど席を外す時間が長い。なのに、障がい者ということで特別扱いされているのが気に入らない』って」

 

ショックだった。トイレに時間を要することなどは事前に説明し、了承も得ていたはずだった。でも、同僚たちの本音は違っていたのだ。

 

「人事部に異動を掛け合いましたが『障がい者雇用の枠はその部署だけだから』と却下されてしまって。それで結局、退職しました」

 

以前の彼女なら落胆し、家に逃げ帰っていただろう。でも、決意を固めたママは強い。すぐにまた、ハローワークに出向く日々が始まった。

 

ある日、職探しの合間の気分転換に「ネイルにでも行こう」と、有本さんは思い立つ。

 

「でも、そこで気付かされるんです。今の私にはネイルサロンもハードルが高いと。階段しかない2階の店は行けないし、1階だとしても、車いすで入るには狭かったり。『車いすでのご来店は難しい』と断られてしまう店がほとんどで」

 

ここで胸中に、2つの思いが去来する。まず浮かんだのは「障がい者ってオシャレもできないんだ」というネガティブな思い。そして、もうひとつ。芽生えたのは真逆の、強くポジティブな考えだった。

 

「私と同じように感じている人、ネイルサロン行けない、でもオシャレはしたいっていう車いすユーザーや障がいのある人は少なからずいるよねって。だったら、自分でバリアフリーのネイルサロンを起業しよう、ニーズは絶対あるんだって、そう思ったんです」

 

こうして18年、有本さんはバリアフリーネイルサロン「Plumeria Nail」を開業。もともとネイルが好きで、作業所時代から技術を学び始めていたのも奏功した。

 

「障がいのあるお客さんに来てもらいたいという思いはもちろんですが、やはり目の当たりにした障がい者の雇用の少なさや低賃金という部分にも着目していました。仕事の選択肢を広げてもらいたい思いから、オンラインでネイルやネイルチップ製作の技術を学んでもらおうというビジネスプランを、まず立てたんです」

 

もう1つ、斬新なアイデアも浮かぶ。それが、事業に海洋プラスチックごみ活用を組み入れること。

 

「カッコいいママを目指し始めたころ、湘南ではビーチクリーン活動が盛んに行われていて。『でも、足の悪い私が砂浜なんて無理よね』と諦めかけたとき、砂浜の清掃活動をしている団体の方と知り合ったんです。海洋プラスチックごみの拾い方を教わったら『ビーチにさえ出られたら私にもできるかも』と。それでトライしたんです」

 

いざやってみると、冒頭で紹介したように簡単に拾うことができた。そして、拾い集めた海洋プラスチックごみをどう処分すべきか、思案を重ねた有本さんは、洗浄、加熱、加工してアクセサリーや、ネイルチップを製作し、販売することに思い至る。

 

さらに……。

 

「この技術も学んでもらえたら、きっと障がいのある人たちの可能性をもっと広げられる、そう確信したんです」

 

最近は海洋プラスチックを材料にしたアクセサリーやネイルチップの注文が急増中で、製作が追いつかないほどだという。いっぽう、オンライン講座の生徒はまだ数名と少ない。でも、有本さんのサロンの存在は、SNSを通じて確実に、どんどん広まっている。群馬からわざわざ通ってくるろうあの女性や、母親に連れられ来店した、脳性まひで大型の車いすに乗る女性など、障がいのある顧客も多い。

 

「その娘さんは25歳ぐらい。仕上がった爪を見て、とてもうれしそうにほほ笑んでくれて。一緒に来たお母さんは感謝の言葉とともに『本当は娘の成人式前に有本さんと出会いたかった』と言ってくださったんです。それは、誰かの役に立ちたいとずっと思ってきた私にとって、なによりうれしい言葉でした」

 

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