《「鬼のような嫁」と陰口も》グルメ記者から尼僧に転身した伊藤妙通さん 荒れ寺再建に秘めた“家族への思い”
画像を見る 眼鏡のグラスコードに、着物の端切れを使っている妙通さん(撮影:水野竜也)

 

■「お金も肩書も名誉もいつか消えていく。けれど思い出は案外しぶとく残るもの」

 

いまの妙通さんは朝5時に起きて読経し、境内を掃き、新聞を読みながらコーヒーを飲む。

 

お気に入りのコーヒーは「バリ アラビカ」。朝食には近所の畑でとれた春菊を刻んでホットケーキミックスに入れたパンケーキをつまむ。

 

寺の勤めのほか、県内外からの相談者の話に耳を傾けることも。出版の仕事をこなしたあとの昼には前日に作ったシチューを温めて食べる。味の土台になるのは、飴色になるまで炒めた玉ねぎだ。

 

「薄く切った玉ねぎをバターと塩をひとつまみ入れて、弱火でゆっくり炒めていくの。フランス語ではキャラメリゼといって、だんだん水分がとんで色が変わって、甘味もうま味も深くなるでしょう。

 

私はあの時間が好きです。瞑想みたいなものよね。写経の前に墨をするのと同じ。一つのことに集中していると雑念が消えていくでしょう。

 

しかも、玉ねぎさえきちんと炒めておけば、あとはあり合わせの季節の野菜を入れるだけで、おいしいシチューになるの」

 

シチューは、その日は食べず翌日まで寝かせる。少しおくことで味はなじみ、角が取れ、深みを増す。それは人間も同じだ、と妙通さんは目を大きく見開いて笑う。

 

華やかなイメージのフランス料理と静謐なイメージの仏教は真逆のようでいて、彼女の中では深くつながっている。

 

「フランス料理の名シェフと呼ばれる人たちは、本当に食材を大事にします。一つひとつの食材を丁寧に扱って、最大限に味を引き出そうとする。そこには、命あるものへの感謝、自然とともに生きていこうという考えが根底にあるのでしょうね。

 

仏教にも、生きとし生けるものへの慈悲の精神があり、食材をいただくことに深く感謝します。本当のグルメは贅沢や欲望を刺激することではなくて、命あるものを食べて“生かされている”ことを知ること。

 

パリにいた私も“流行だ”“ブームだ”という言葉に踊らされていたかも。でも、ここで暮らしてみて、そのことに気づいたように思います」

 

寺の未来については執着しない。子供も弟子もいないこの吉祥院が、この先どうなるかはわからないとさらりと言う。

 

「生き延びるものは必ず生き延びる。消えるものは消える。ただそれだけです」

 

そろそろワインのボトルの底が見えてきた。妙通さんは、グラスをくいっと傾けて、最後にこう言った。

 

「フランスには『セラヴィ(C’est la vie)』という慣用句があり、『これぞ人生』というような意味です。私自身は『思い出だけが人生だ』という言葉が好きなのです。

 

お金も肩書も名誉も、いつか消えていくかもしれない。けれど、誰に会い、何を食べ、どんな景色を見て、どんな言葉を受け取ったかは、案外しぶとく残るものですよね」

 

パリと鳥取の生活、仏料理と仏教。夫との別れと寺の再生──。そのすべてを抱えながら、妙通さんは今日も海辺の小さな寺で、玉ねぎをじっくり炒めている。

 

(取材・文:山内太)

 

画像ページ >【写真あり】45歳で得度した妙通さん(他3枚)

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