「日本人の8割が一生に一度は経験するという腰痛は“国民病”といっても過言ではありません。その苦しみから解放されるためには、しっかりとした知識を持ち、正しい対処法を知ることが重要です」
こう語るのは、腰痛研究のスペシャリストである松平浩先生(東京大学医学部附属病院特任教授)。2800万人ーー。これは厚生労働省研究班の調査による、40歳以上の“腰痛患者”の総数だ。40~60歳の4割が腰痛に悩まされているという。
「とくに女性の骨盤は妊娠・出産に適応するため幅広い形になっていて、歩いたり立ったりするだけでも、腰まわりの筋肉やじん帯への負荷がかかりやすい。また、女性ホルモンの影響やハイヒールの着用、育児や家事などで前かがみになって作業する機会が多いことなどから、女性は腰痛になりやすいのです。’12年に世界54カ国で調査した研究では、男性より女性のほうが2割も腰痛持ちが多いと報告されています」(松平先生・以下同)
そんな腰痛は、もちろん特定の病気の名称ではない。腰を中心に、背中、お尻に感じる痛みやハリなどの不快感の総称である。そして、大きく2種類に分かれている。
「血液検査、レントゲンやMRIといった画像診断で痛みの原因が特定できる『特異的腰痛』は全体の15%にすぎません。あとの85%は原因がハッキリしない『非特異的腰痛』だといわれています」
わずか15%とはいえ、特異的腰痛には、重篤な病気が隠れていることも。次の症状に当てはまるものがあれば、医療機関で検査を受けることが望ましい。松平先生に詳しく解説していただこう。
【月経期になるとひどく痛みだす】
「排卵から月経までに分泌が増える女性ホルモン『プロゲステロン』の影響により、骨盤内に血液が滞りやすくなり、腰のだるさや軽い腰痛を引き起こします。また子宮の収縮などを促す『プロスタグランジン』は、痛みを感じやすくさせる作用も。子宮内膜症によって腰痛が起こりやすくなると考えられています」
腰痛は“整形外科にかかる病気”といった思い込みは危険。このケースは婦人科に相談したほうがいいようだ。
【転んで尻もちをついたあとに痛みだし、日常生活に支障がでている】
【65歳以上で、布団から起き上がるとき、背中や腰に痛みを感じる】
すぐに整形外科を受診し、画像検査で骨折の有無を確認することが必要だ。
「とくに骨粗しょう症は、閉経により女性ホルモン『エストロゲン』が著しく減少し、骨密度が低下することで起こりやすくなる。軽い転倒や気づかないほどの力で容易に骨折するリスクも高くなります。予防法や治療法が確立されつつありますが、ふだんから、ミネラルやビタミンDおよびK、タンパク質を意識的にとるような食生活を心がけ、適度な運動をして骨に刺激を与えておくことが重要です」
【横になり、じっとしていてもうずく。痛み止めを使っても、頑固な痛みがぶり返す】
命にかかわる腰痛の可能性があるため、医療機関を受診して適切な処置を受けたほうがよさそうだ。
「まずは、黄色ブドウ球菌などの病原菌が脊椎に感染して起こる『感染性脊椎炎』が疑われます。抵抗力が低下した高齢者や糖尿病の人は要注意です。また、腰の痛みとともに体重が減っている場合は、がんの脊椎や背骨への転移も危惧されます。がんを発症したことがある人は、とりわけ注意を。早めに受診し、検査したほうがいいでしょう」
【痛みやしびれがお尻からひざ下まで広がっている】
【肛門、性器周辺が熱くなったり、しびれたりしている】
【尿が出にくい。また尿もれがある】
【つま先歩き、かかと歩きがむずかしい。脚に脱力感がある】
「座骨神経痛(お尻から太もも、ふくらはぎにかけての痛みやしびれ)をともなう「脊柱管狭窄症」と「椎間板ヘルニア」がまず考えられる。
「40代までに起こりやすい『椎間板ヘルニア』は椎間板の中心にある組織『髄核』が大きくズレて、神経を刺激することで起こります。薬物療法などを行うと、1~2カ月で症状が落ち着くこともあるのですが、重症の場合は手術も検討されます。とはいえ、実際に手術が必要になるケースがそれほど多いわけではありません」
また脊髄が通る“トンネル”である脊柱管が加齢で変形し、腰の部分の神経を圧迫する「脊柱管狭窄症」は、高齢者に多い病気だという。
「“背筋を伸ばしたときに痛むが、前かがみになったら痛まない”など、姿勢によって痛みの具合が変わることが特徴。まずは神経の血流をよくする薬などで対処します」
まれに「解離性大動脈瘤」、膵臓や骨盤内のがん、脳の病気が原因のことも。ただの筋肉痛だと思い,放っておくと大変なことになる。
腰痛は危険な病気のサインになっている場合があることも忘れないでほしい。