「現代の日本人の顎はとても小さく、舌がおさまるスペースである歯のアーチ(歯列の曲線)も狭まっています。舌は、まるで“狭小住宅”に押し込まれながら、乱れた歯列にこすられ、歯に傷つけられています。こうした“舌ストレス”は、さまざまな不調を引き起こす原因となるのです」
こう警鐘を鳴らすのは、『原因不明の体の不調は「舌ストレス」だった』(かざひの文庫)の著者で、安藤歯科クリニック院長の安藤正之さん。30年間で約2,000人の患者のかみ合わせや舌の状態、アンケートを行って、さまざまな因果関係が見えてきたという。
「代表的な症状は、首や肩のこり。悪化すれば腰痛にまで広がります。また、自律神経は交感神経と副交感神経が互いに優位になることで整えられていますが、24時間、舌ストレスにさらされてしまうと、交感神経がずっと優位になる。すると、頭痛やめまい、倦怠感、イライラ、手足の汗など、不定愁訴につながります」
また、歯並びが悪く、舌の動けるスペースが限られてくると、サ行やタ行、ラ行の滑舌が悪くなることも多い。
「加えて、メタボの人は舌が大きくなる傾向があるので、症状が肥大しやすいと考えられています」
舌の機能が低下すると、将来的に誤嚥を起こしやすくなるという。異物が肺に入り込んで発症する誤嚥性肺炎は、高齢者の主な死因でもある。
舌の状態をチェックしたいところだが、舌は鈍感なため、さまざまなストレスに気づきにくい。
「舌先を1とすると、舌の両脇は15~20倍も鈍感です。歯列が悪く奥歯が内向きに倒れている場合、舌の付け根は、常に奥歯にこすれているのですが、それに気づかないのです。負担が長年続けば、口内炎を繰り返すこともありますし、まれに舌がんとなった状態で発見されることもあります。実際に舌がんを含む、口腔がん、咽頭がんの総数は、’96年の約8,600人から、’16年までの20年間で約2万2,000人と、約2.5倍に増えています。舌がんも同じ傾向にあるとみられており、臨床現場においても、若年化している印象です」
安藤先生が懸念するのは、現代の日本人の9割以上が、舌ストレスを抱える顎の形だということ。その大きな要因は、咀嚼回数だ。
「食生活が変わった’60年以降に生まれた人(59歳以下)は、要注意です」
成長期にパンやパスタ、ハンバーグが食卓の人気メニューになるなど、食が欧米化。さらに核家族化、女性の社会進出により、加工食品や、カップ麺に代表されるインスタント食品の利用頻度が上がり、極端にかむ回数が少なくなった。
「昭和初期の1食あたりの咀嚼回数は約1,400回でしたが、現在は600回ほどに半減。しかし、実態はもっと少ないと感じます。当院のスタッフを調査したところ、朝は青汁で咀嚼0回、夜はダイエットのため食べないというケースもありました」
幼少期からかまない食生活が続くことで、顎が大きく育たず、口の中は小さいまま。ところが歯の本数や、舌の大きさは変わらないのだ。
「そればかりか、幼少期の栄養状態がいいために、歯が巨大化するケースもあるのです。さらに、軟らかい食べ物ばかりで、生えてきたシャープな歯がほとんど摩耗されず、舌を傷つけるのです。また、保険診療内で使用される銀素材などのかぶせ物は、アレルギー反応を誘発させる物質が含まれています。現代人の口内環境は、舌にとって非常に過酷だといえます」
日々、ストレスにさらされている舌を、少し気遣ってあげることが大事なのだ。