「脳卒中や心筋梗塞などの危険因子として高血圧が指摘されますが、じつは脈拍が速い人のリスクも実証されています」
こう話すのは、帝京大学医学部教授の大久保孝義先生。岩手県大迫町(現・花巻市)では、町民が家庭で血圧を測定する取り組みが33年前から続いている。大久保先生は長年この研究に携わり、データの分析に当たってきた。
「最初は町民100人から始まり、現在は300人ほどに拡大しました。家庭用の血圧計を配り、1カ月間、毎朝、血圧を測ってもらう調査です。血圧計では脈拍も測れるので、同時に測定してきました」(大久保先生・以下同)
家庭用の血圧計を使った測定事業は世界初の試み。医療関係者の間では「大迫研究」と呼ばれる貴重なデータだ。
「その結果、家庭で起床時に測る“安静時脈拍”が1分間に70回→75回、75回→80回と5上昇するごとに、脳卒中や心筋梗塞などで死に至るリスクが17%ずつ上昇することがわかりました」
それだけではない。脈拍が速い人は血圧が正常範囲内でも、血圧・脈拍ともに正常値の人に比べて、脳心血管疾患のリスクがなんと2.16倍にもなるという結果がでている。血圧が低いから大丈夫、と思っていたあなた。じつは脈拍が速いことも突然死の大きなリスクなのだ。
小さい動物は脈拍数が多く寿命が短い。大きい動物は脈拍数が少なく寿命が長い。たとえば、1分間に600〜700回の脈を打つハツカネズミの寿命は1.5〜2年。ゾウの脈拍は1分間に20回程度で、寿命は50〜70年だとか。
これが人間にあてはまるとすると、脈が速い人は短命、遅い人は長寿ということになる。これを「大迫研究」は裏付けた結果だ。
なぜ脈拍が速いと、命に直結する脳卒中や心筋梗塞になりやすいのか?
「心臓をポンプ、血管をゴムホースにたとえましょう。脈拍が速いと、ゴムホースが膨らんだり縮んだりする回数が増えるため、ゴムホースが傷みやすくなるんです」
ずっと脈拍が速い状態が続くと血管が傷つき、動脈硬化を起こす。これによって血管が狭くなり、詰まりやすくなる。
「さらに、ストレスなどで自律神経のバランスが乱れていると、起床時の血圧は高くなりやすい。こうした体の不調はホルモンの分泌にも影響し、血栓ができやすくなります。これも脳卒中や心筋梗塞の原因になります」
これほど重要な脈拍だが、あなたは自分の正確な脈拍数をご存じだろうか?
「家庭用の血圧計があれば、血圧と同時に測定できます。もしなければ、手首に指を当てて測るようにしてください」
その際に大事なのは、いつ測るかということ。
「脈拍は日常生活の中で変化が大きいので、起床してすぐ、安静な状態で測ることが重要です。1週間、測ってみて、その平均値が自分の脈拍数と考えてください」
日本人間ドック学会では、脈拍の正常値を1分間に45〜85回としているが。
「大迫研究の調査結果を見ると、健康リスクが増える分岐点は、1分間に70回だということがわかってきました」
つまり、起床時の脈拍が1分間に70以上の人は注意が必要ということになる。
「高血圧と違って、今のところ脈拍を下げる薬はありません。起床時の脈拍が速くなる原因は、ストレス、喫煙、飲酒、肥満など。こうした生活習慣を見直すことで、脈拍を遅くすることを心がけてください。ただし、45以下になると心臓疾患の心配があります」
大久保先生は脈拍をゆっくり保つための生活習慣として、次の3カ条をすすめる。
【1】大またや速足で歩く
起床時の脈拍を整えるには、起きている間に働く交感神経を夜間に弱める必要がある。日中、体を動かして、交感神経をしっかり使っておくことが大切。そのためには、ウオーキングなどの有酸素運動が有効だが、ふだん歩くときに、心もち歩幅を広げて大またにしたり、少しスピードを速くするだけでも十分に効果があるという。
【2】寝る前に水を1杯飲む
脈拍は、熱中症など脱水状態になると急激に上がることがわかっている。これと似た理由で、特に夏季は寝ている間に汗をかき、脱水気味になることが多いので注意が必要。脱水気味で起床時の脈拍を測ると、どうしても平常より速くなってしまうことになる。
「予防のためには、寝る前にコップ1杯の水を飲むことをすすめます」
【3】寝る前にお酒を飲まない
適度の飲酒はストレス解消になってよさそうだが、寝る前の深酒は禁物とか。
「就寝前にお酒を飲むと、2〜3時間後に目覚めてしまった経験があるはず。これは、アルコールが分解されてできるアルデヒドが交感神経を高めてしまうせい。この影響で起床時の脈拍も速くなってしまう」
脈拍が速い人は寝酒は避けたほうが無難だそう。
「大迫町ではこの調査が始まってから、町民の脳卒中発症率が3分の1にまで減少しました。血圧だけでなく脈拍もしっかり測ることで、突然死から自分を守ることができるんです」
ぜひあなたも、起床時の脈拍を測ることから始めてみて。