「例年、夏が近づくと熱中症の注意喚起が行われるなど、その危険性は広く知られていますが、低体温症についてはいまだ関心が低いまま。今季は厳しい冷え込みが予想されているなか、自宅にいたとしても低体温症に気をつけることが求められています」
そう警鐘を鳴らすのは、長年にわたり熱中症や低体温症の背景を分析してきた元東京都立大学特任教授の藤部文昭さん(気候学)。厚生労働省の人口動態統計によると、低体温症による死亡者は、’13年以降ほとんどの年で1千人を上回り、’13~’22年の10年間で1万1千335人。熱中症による死者数(1万268人)を上回っている。
秋が短く、夏からいきなり冬に突入したような今年は、寒さに体が慣れていく“寒冷順化”が十分にできていない人も多い。とはいえ、雪山登山でもあるまいし、まさか自宅にいて低体温症で死ぬなんて、と感じる人も多いだろう。藤部さんが続ける。
「低体温症による死亡(凍死)は、登山時の遭難や被災地など特殊な環境で起きると思われていますが、屋内での発症例が多いのです。特に今冬は、気象庁の発表によると、太平洋赤道域から南米沿岸にかけて海水温が低くなるラニーニャ現象の発生により、冬型の気圧配置が強まる時期があるとの予報。冬季の平均気温が1度低い年は低体温症の死亡率が20%程度高くなる研究報告もあります」
夏場にエアコンの使用を嫌がって熱中症になる人は少なくないが、冬場の暖房による乾燥を避けたがる人もいるのだという。電気代やガス代も高騰しているが、節約のためと部屋を冷え切った状態にしてしまうことには危険が伴うことになる。
日本救急医学会の全国実態調査(’18~’20年)によると、低体温症の発症は室内で起こるものが約7割にのぼり、そのうちの8割を65歳以上が占めているのだ。また低体温症による死亡例は、寒さが厳しい北日本だけでなく、兵庫県や熊本県など西日本でも多く報告されている。
大阪急性期・総合医療センター高度救命救急センターの藤見聡センター長に、低体温症について解説してもらった。
「低体温症は、寒さで熱が奪われ深部体温が35度以下になり、全身に障害が起きる病態です。
ふだん、私たちが体温を測るのは脇の下の“皮膚温”ですが、深部体温は体の内部の温度。皮膚温よりも1~3度ほど高くなっています。深部体温が35度以下になると、震えや意識障害などが出て、28~32度(中程度)になると意識を失い、呼吸や脈が減少。28度以下(重度)になると死に至ることも少なくありません」
低体温症で亡くなる人の多くは、高齢者で糖尿病や精神疾患などの持病が悪化して身動きがとりにくくなったりするのが原因だ。
「暖冬だった昨年でも、40名近くが低体温症で救急搬送されてきました。68歳の糖尿病を患っていた女性が、深部体温25.2度という重度の低体温症で運ばれてきたケースも。この女性は血糖をコントロールするインスリンを服用していましたが、何らかの理由でインスリンを打たなかったことから高血糖になり自宅で意識を失い、寒い環境で身動きがとれずに低体温症になったとみられています」(藤見センター長、以下同)
懸命の処置が施されたが、この女性は最終的に亡くなった。ちなみに当日の大阪市の最低気温は8.6度で、最高気温は19度。厳しい寒さとは言えない日でも、自宅での凍死が起こりうることは肝に銘じておきたい。
向精神薬など、持病薬の副作用が低体温症を引き起こすこともあるという。
「たとえ持病がなくても、階段から落ちて脊髄損傷により手足が動かせなくなり、どんどん体温が下がってしまうケースも。さらにはベッドとタンスの間に挟まってしまって身動きがとれずに低体温症になるケースもあります。とりわけ、誰かしらに見つけてもらえる機会が少ない一人暮らしの方は注意が必要ですが、どんな人でも低体温症になるリスクはあると心得ていたほうがいいでしょう。特にこれからの忘年会シーズンには、酔っ払って玄関や廊下で寝てしまった人が急速に体温が下がって搬送されてくるケースがよくあります」
高齢者が低体温症で亡くなる例は後を絶たない。
「加齢により筋肉量が落ちると、体温をコントロールする機能が衰え、温度への感覚も鈍くなります。高齢のご家族については、定期的に体温を測って、低くないか確認したほうがいいでしょう」
体が震えだしたら、低体温症が起こり始めているサイン。小刻みに筋肉を動かして熱を作ろうとする体の防衛本能だ。それを見逃してしまうと……。私たちができる低体温症の対処法はあるのだろうか。
「WHO(世界保健機関)では部屋の温度は最低でも『18度以上』と勧告しています。18度を下回ると血圧が上がったり、脳卒中のリスクも上がったりしますが、低体温症を防ぐためにも室温を18度以上にして、寒いと思ったら暖房をつけること。また湯たんぽや電気毛布などを使って布団を温める工夫も。太い血管が通っている首まわりを温めるのも有効です」
自宅での“凍死リスク”は、けっして人ごとだと思わないようにしたい。