「あなたはもう年だから、もう飼えません」。60歳でねこを飼いたいと申し出た人が、譲渡団体からそう言い渡されたとき、人生を否定されたような悲しい気持ちになったという。最後まで面倒をみる“終生飼育”は動物を飼う基本中の基本。だが、行き場のないねこは今日も道にあふれ、ねこを愛する老人は今も孤独を感じている。このミスマッチを解消すべく、奮闘する女性がいた−−。
札幌市内にある「ツキネコカフェ」と「ニャイダーハウス」は、NPO法人「猫と人を繋ぐツキネコ北海道」(以下、ツキネコ)が運営する保護ねこの新しい飼い主探しのための保護施設。動物病院や動物保護団体では、万が一、飼い主が病気になったり、亡くなったりする可能性を考え、高齢者に譲渡をしないところが多い。ところが、ツキネコには譲渡者の年齢制限がない。
「多くのねこの保護団体の条件は、厳しすぎます。年寄りだから独身者はダメ、留守がちだからダメ、転勤の可能性があるからダメ……。ねこの幸せを追求するあまり、人の気持ちをないがしろにしてしまっているというか。とくに、60歳以上はダメというのは変でしょう。万が一、新しい飼い主さんが病気になったら、私たちが再度引き取ればいい。放ったらかしにしないで、ちゃんと連絡してくれる方であれば問題ないはずです」
そう語るのは、ツキネコ代表の吉井美穂子さん(56)。ツキネコの“永年預かりは、期限を決めずに希望者にねこを預けるシステムで、平時は譲渡と変わりない。条件は、ツキネコの名刺やカードを誰でもわかるところに貼っておくこと。そして、緊急時に必ず連絡が入る家族や近親者に、ねこはツキネコからの預かりだということを知らせておくことだ。
6月10日現在、ツキネコの管理下にあるねこの総数は91匹。NPO事務所でもあるツキネコカフェに41匹、ニャイダーハウスに20匹、譲渡が難しいねこの保護部屋に7匹、永年・一時を合わせた預かりが23匹。この頭数は日々変わる。
欧米では、ペットを飼うことで高齢者の健康を維持する「動物介在療法」が定着しているという。精神保健指定医の森智恵子先生はこう話す。
「とくに、高齢者にとって、ねこや犬との暮らしはアルツハイマー病などの認知症をはじめ、病気の予防やリラックス作用など、さまざまな効果が医学的に認められています。ねこと触れ合うことでリラックスし、血圧や心拍数が安定する。不安やストレスが軽減され、孤独感から解放されるなどの効果ももたらします。米国のペンシルベニア大学の調査では、ペットを飼っている人のほうが、ペットを飼っていない人より病院へ行く回数が少ないと発表されているんですよ」
ペットがいれば、医者いらず。ねことの縁をつないでくれる吉井さんは、高齢者にとって特別な存在になっている。ツキネコでは、吉井さん以下、経験豊富なスタッフと、飼い主希望者との面接を何より重視する。
「面接で、人とコミュニケーションできない人だと思ったら、絶対にねこは渡しません。大切なのは、預かる人の状況対応能力。何かあったとき、連絡してくれる人かどうかを重視します。ほかの保護施設が掲げる四角四面な条件じゃない。そんなもので高齢者がねこを飼う幸せを奪われるのはおかしいでしょ」(吉川さん・以下同)
多くの保護団体が人よりねこの幸せを追求するあまりに、ないがしろにしがちだった飼いたい人の気持ちを、吉井さんは大切にしている。ツキネコは今、認定NPO法人化を目指す。
「外資系保険会社とコラボした『ねこ保険』を考えています。これは認定NPOでないとできないことですから」
『ねこ保険』の契約者は飼い主で、被保険者はねこ。契約者が亡くなったらツキネコがねこを引き取り、その保険金で終生飼育するか、新しい飼い主を探すというものだ。
「ツキネコは現在も財源不足。この保険制度が整備されれば、より多くのねこを救助できるし、永年預かりの数も、もっと増やせますから」