親が認知症になってしまうと、ただでさえ大きな精神的ショックを受けるものだが、じつはお金の面でも「財産凍結」という衝撃的な事態が起こってしまうのだ。老親が健在なうちにしっかり対策を取っておこうーー!
「高齢者が保有している財産が、本人の判断能力の低下によって使えなくなる、動かせなくなることを、財産の『凍結』といいます。具体的には、預貯金の引き出しができなくなるほか、定期預金の解約、株式や投資信託などの売却も難しくなります。不動産の売却やリフォームも同様です。こうした凍結は認知症に限らず、脳梗塞や事故の後遺症などによって判断能力を失ってしまったケースでも起こりえます」 こう語るのは、『親の財産を“凍結”から守る認知症対策ガイドブック』(日本法令)の著者で、司法書士法人ミラシア、行政書士法人ミラシア代表社員の元木翼さん。
「認知症になって自宅での生活が難しくなったら、自宅を売却したお金で介護施設に入りたい」「空き家になっている母名義の実家を今のうちに売却したい」などと考えている人は多いだろうが、親が認知症になってからでは自宅の売却やリフォーム、建て替えだけでなく、自宅を担保にした借り入れもできなくなる恐れがあるという。
このようなトラブルを避けるために利用する人が増えているのが「家族信託」だ。
家族信託とは、判断能力があるうちに財産などの管理を家族に託す制度のこと。財産の管理を託す親が「委託者」、財産を預かり管理する子どもなどが「受託者」となり、委託者と受託者の間で信託契約を結ぶことになる。
「相続や信託に詳しい司法書士などが書類を作成したうえで、公証役場に出向いて公正証書で信託契約を交わすのが一般的です。信託財産は自宅だけでなく、預貯金や金融商品なども対象にできます。子どもが受託者になるので、毎月支払う報酬は普通設定しませんが、専門家に書類の作成を依頼するなどの初期費用が必要になります。相場は信託財産の1%程度で、このほかに公正証書を作成する費用や登録免許税がかかります」
そう話すのは司法書士法人ミラシアの司法書士、永井悠一朗さん。
たとえば、親が「認知症になったら自宅を売却したお金で介護施設に入りたい」という希望を持っている場合の手続きは次のとおり。
(1)親が持っている資産を洗い出したうえで、使う目的を明らかにする。
(2)司法書士などの専門家が、家族と話し合いながら信託契約書を作成する。
(3)委託者と受託者が公証役場に行き、信託契約を結ぶ。
(4)金融機関で「信託口口座」を開設。その口座に信託金銭を移し、不動産の名義を受託者に変更しておく。
「親は信託財産である自宅にこれまでどおり住むことができますし、自宅を売却したら、売却したお金は信託財産として介護施設への入居費用や生活費などに利用することができます。ただし、家族の仲が悪い場合は家族信託を断念するケースもあります。法律上必須ではありませんが、将来的な相続トラブルを避けるためにも、推定相続人の同意を得たうえで手続きを進めるようにしましょう。同意をもらうことができない場合は任意後見の利用を検討することになります。いずれにしても、家族が不利益を被らないよう、事前に関係者の意見を聞くことが大切です」(永井さん)
また、後々の相続を考えるなら「生前贈与」を活用するプランもある。不動産や預貯金、株式や投資信託などの金融商品、自動車といった財産を子どもの名義に変更しておくという選択肢だ。
自宅を生前贈与すると、贈与税や不動産取得税のほか、名義変更にともなう登録免許税がかかってくるが、「相続時精算課税制度」などを使えば贈与税は非課税になる場合もある。固定資産の対策では税金に注意が必要なので、事前に税理士などに相談してからベストなプランを決めよう。