《実名証言集》佐々木朗希 ロッテ時代のトレーニングコーチに明かしていた「メジャーで一番のピッチャーになりたい」夢
画像を見る 22年4月、相手チームの打者を一人も塁に出さない完全試合を達成。同僚・マーティンと抱き合って喜びを爆発させた佐々木朗希

 

■「お母さんは育ち盛りの息子3人を抱えて、本当に大変だったと思います」

 

「震災の前日、功太くんと友達と3人で、海の近くの焼き肉屋さんに行ったんですよ、そのとき、功太くんが『この場所は津波が来たら、一発でアウトだな。怖いですね』とボソッとつぶやいた。あれは忘れられません……」(戸羽さん)

 

悲劇の震災から5日後、父が発見された。「見つかりました」という一報を聞き、朗希は安堵の表情を浮かべた。だが、すぐに事態を把握した。1週間前まで元気いっぱいだった父が突然、この世から消えてしまった。震災で妻を亡くしている戸羽さんが胸中を慮る。

 

「朗希くんの祖母の勝子さんは功太くんが見つかった翌日に発見され、祖父の功さんは今も行方不明だと聞いています。何の前触れもなく、家族を失った悲しみは言葉では表現できません。小学生の彼はなおさらつらかったと思います」

 

朗希を取り巻く環境は一変し、3年間も仮設住宅で暮らした。大船渡高校で同級生だったオープンハウス・ディベロップメントに勤める柴田貴広さん(25)は、震災の前月に父親をがんで亡くしており、佐々木家の苦悩に共感できるという。

 

「震災のとき朗希が小3、兄が小6、弟が幼稚園ですよね。お母さんは育ち盛りの息子3人を抱えて、本当に大変だったと思います。仕事を掛け持ちして、土日は試合の応援に行って、本当に寝る暇もなかったんじゃないですか」

 

母の苦労を感じていた朗希少年は、わずかなお小遣いからプレゼント代を捻出した。小4のときには母の日にハンカチをそっと渡し、中学に入学して家が新築されるとロールケーキを買ってきた。

 

「功太くんも心の優しい人でしたから、朗希くんも似たんでしょうね」(戸羽さん)

 

中学時代から岩手に名をとどろかせていた朗希は複数の名門校から誘いを受けながら、公立の大船渡高校に一般受験で進学した。のちに、理由を明かしている。

 

《花巻東のような強豪校に行った場合、大谷(翔平)さんの前例もありますし、こういう成長曲線を描いていくんだろうなという将来像が想像できた。そのレールをなぞって粛々と実現させる“作業”になっちゃうような気がして……でも、大船渡に行った場合、イメージが全然つかなかったので、そこが面白いなと》(『週刊文春』’25年2月20日号)

 

朗希の考え方は、普通の15歳とは異なっていた。高校に入学すると、学校生活でも野球部でも中心的な存在になっていく。

 

「人見知りするタイプではあるのですが、違う中学出身の部員も自分から食事に誘って、すぐにリーダー役になりました。1年生が掃除するときも、朗希が率先して割り振りを決めていました。彼のおかげで、同級生のまとまりがよかったです」(柴田さん)

 

ヤンチャな一面もあった。

 

「いたずら好きでしたね。当時、僕には仲よくなりたい女のコがいました。ある日、自分のロッカーを開けると、そのコの写真が張ってあるんですよ。朗希のしわざでした(笑)。そのコに『柴田が話したがってるよ』と言って、僕に『お前、話しかけてこいよ!』と仕向けるときもありました」(柴田さん)

 

野球に関しては真面目そのものだった。向上心の強い彼はトレーニング方法の勉強も重ね、選手兼投手コーチの役割を果たしていた。

 

「冬場の練習メニューも作っていたし、僕らの気が抜けていると『今のままじゃ甲子園行けないよ!』と尻をたたいてくれた。よき友達であり、よき指導者でした。強く言うと、へそを曲げちゃうコもいる。論理的に説明して納得させていました。朗希は人一倍、甲子園への思いが強かった。高2の秋から『みんなで甲子園に行きたい』と頻繁に口にしていました」

 

高校3年の4月、高校日本代表の紅白戦で球速163キロをマーク。大谷の持つ高校最速記録を上回った「令和の怪物」はその夏、高校最後の岩手県大会に臨んだ。

 

ノーシードの大船渡高は10日間で6試合を戦う過密日程で、朗希は準決勝まで4試合に登板。連投となる決勝も登板が予想されたが、先発のマウンドにはサイドスローの柴田さんが上がった。

 

「正直、自分が投げるとは思わなかった。最少失点に抑えようと必死に投げたけど、気がついたら点を取られている状態でした」

 

柴田さんは6回9失点で降板。大船渡は甲子園出場を逃した。なぜ、朗希に投げさせないのか──。学校には2日間で250件を超える電話が殺到し、國保陽平監督(当時)の起用法に批判が渦巻いた。

 

「同級生の間で、あの日のことは話したことないですね。でも、朗希を悪く思うヤツはいないですよ。朗希がいたから決勝まで行けたし、みんなに慕われていましたから」

 

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