服部啓子さん(67・以下服部)「Kさんが店に来はじめたのは、まだウチが宝くじを売りはじめてすぐ。もうかれこれ23年前くらいかしら」
K・Rさん(45・以下K)「僕の勤務する会社の寮がこの店のすぐ近くだったから。当時はそこに住んでいたので、ジャンボを買いに寄ったのがきっかけでした」
愛知県大府市にあるふじや酒店。店内のレジカウンターの背後に「出ました! ’14年年末ジャンボ1等前後賞」の文字とともに大きく掲げられた92組169295番の宝くじのカラーコピー。Kさんこそ、その’14年年末ジャンボ前賞1億円の当せん者本人だ。じつはKさんの大当たりに、ふじや酒店の女将さん・服部さんも大きく関わっている。
これまでメディアに出たことのないジャンボ億万長者を発掘、紹介するのは、宝くじ取材歴12年の記者にとって初めて。近年、個人情報保護などの事情から、メディア未登録の高額当せん者とのコンタクトは非常に困難になっている。そんななか、本誌はKさんとの取材交渉の末、この日、服部さん同席で話を聞く機会が実現した。
服部「こんな辺ぴな酒屋で宝くじ売ってるんだと、驚いたんじゃないの(笑)」
K「そのしゃべり、あのころと変わらないです(笑)。服部さんと話していると、本当に楽しいんです。だからついここで毎回買うようになって。服部さんのトークで常連になったようなもんだね」
服部「それはまあ、うれしいわ(笑)。いつもKさんが買うのはジャンボだけよね」
K「そう、宝くじは運試し。だから冒険はしない主義。買う枚数も、毎回バラで30〜50枚と決めている」
服部「なぜバラなの?」
K「そりゃあ当せん番号調べるときに1枚1枚のほうが手間がかかる分、見る楽しみがあるでしょう」
こうしてKさんが常連になって、数年後、お互いに顔なじみになった頃合いに、服部さんがKさんの耳元でささやいた。
服部「じつは、当時、常連の70代の女性がね、金額は言わないけど『おかげでお墓が直せました』と、当せん報告にきたのよ。彼女は『最終日にバラで買って当たった』と教えてくれて。それをKさんに話したのよね」
K「そんなことを聞いたら、まねせずにはいられないでしょう。もうそれからは僕も最終日狙い。夜勤がある仕事なんですけど、最終日が夜勤明けにぶつかったら、それこそ徹夜明けで駆け込んだり」
ふじや酒店は、販売枚数がそれほど多い売り場ではない。そのため、多くの売り場にあるような当せんを確認する機械(オートチェッカー)がない。当せん番号調べは、服部さんの手作業だ。
K「服部さん、くじを調べながら『あっ近い』とか言うの。こっちがドキッとするけど、近くてもハズレはハズレなんだよね(笑)。なにしろ1億円が当たるまで、3,000円が同時に3本当たって9,000円がこれまでの最高額(苦笑)。でも服部さんが好きで、寮を出て少し遠くに引っ越した後も、ここに買いに来てたんです」
そして運命の’14年年末ジャンボがやってくる。
服部「販売最終日に、あれっ、Kさん、買いに来ないなと思っているうちに、バラが売り切れちゃったんですよ。そこへKさんがやって来たの」
K「僕が『バラ50枚』って言ったら、服部さんが一瞬困った顔をして……」
服部「いま初めてKさんに打ち明けるけど、私が『もう売り切れた』と言おうとしたところに、その会話を店の奥で聞いていた主人(店主の服部定信さん・75)がやってきて。私に『あんた、自分用に取ってあるのがあるだろう。ウチは売るのが商売なんだから、あれを売って差し上げなさい』って。私もそうか、それが商売だと思ったので、カウンターの奥から自分用に取っておいたバラ50枚をKさんにまわしたのよ」
K「知らなかった。あれ、ほんとの残り物だったんだ」
服部「そう、究極の残り物に福!」