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「山の事故の9割は下山中に起こっています。高齢者が階段でけがをするのも9割が階段を下りるときです。これは、下りるときに使う筋肉が衰えて、つまずいたり転んだりしてけがにつながっているからです」

 

こう話すのは、加齢医療の第一人者である白澤卓二先生だ。

 

「私たちの筋肉には大きく分けて『速筋』と『遅筋』の2種類があります。『速筋』は、短距離走など瞬発力を必要とするときに使われる筋肉で、階段を下りたり、急に止まるときなどの“ブレーキ”の役割をします。もうひとつの『遅筋』は持久力に優れていて、長距離を歩いたり走ったりするときに使われるほか、階段や坂を上がるときにも活躍する筋肉です」(白澤先生・以下同)

 

ところが、人間の筋肉量は35歳くらいでピークを迎え、その後は衰える一方。しかも衰えやすいのは速筋のほうなのだという。速筋は、足を踏み外してもちゃんと着地して体を支えるといった、守る力を発揮してくれる筋肉なので、最近転びやすくなったという人は、速筋が鈍っているのかもしれない。

 

速筋の衰えがもたらす影響はそれだけではない。速筋の量は脳の若さにも関係するというのだ。

 

「足と脳は深く連動しており、足が刺激されると脳神経が発達することがわかっています。逆に、歩行が安定しなくなると脊髄の運動ニューロンが減少しているという研究結果もあるように、筋肉を失うことは脳の神経細胞を失うことと同じなのです」

 

速筋を鍛えるには、布団の上げ下げ、床の雑巾がけ、和式トイレの使用、階段の上り下りなどの動作がよいと白澤先生は言う。どれも日常生活の中でできる動きだ。

 

「昔ながらの和の生活様式の中では、速筋をフル活動していました。今の住宅・都市構造はバリアフリーで便利になった一方で、私たちの体の機能を退化させてしまっているようです。ベストな動作は山歩きです。山道には規則性がありませんから、次にどこに踏み出そうかと瞬時に判断しなければならず、それが筋肉を鍛え、同時に脳にも刺激を与えるからです」

 

とはいえ、日々山歩きができるわけでもない私たちには「階段を下りる」動きがよいそうだ。正しい階段の下り方は次のとおり。

 

1)階段を下りるときは膝がまっすぐ前を向くようにする。膝が内側や外側を向くのはNG。

2)母指球(親指の付け根のふくらんだ部分)を階段の面にのせてゆっくり足を下ろす。手すりをつかんでいる側と同じ足から下りると体がよろけにくくなり、安定性が高まる。

3)いちばん下まできたら、両足をそろえて着地する。

 

「下りるときはゆっくりとした動作で、しっかりと母指球で着地してください。重心をゆっくり動かすことで、ふだん使われない筋肉が鍛えられます」

 

階段下りで速筋を鍛えるメリットはまだある。

 

「筋肉を鍛えることで、成長ホルモンの分泌が活発になり、内臓や器官、新しい皮膚や筋肉、骨をつくったりし、免疫力を高め、視力を向上させたり、認知機能を上げるなど新陳代謝が活発になります。また、若返りのホルモンも分泌され、体を酸化から守ってくれる、細胞の再生力を高めるなどの働きをしてくれるのです」

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