腸内細菌のバランスを整えることで、潰瘍性大腸炎や感染性腸炎、うつ病などさまざまな疾患に治療効果が――。大腸がん患者を減らす可能性もある、最新療法とは。
「これまで“腸内フローラ移植”によって、潰瘍性大腸炎、クローン病、過敏性腸症候群、感染性腸炎、うつ病、糖尿病、アトピー、便秘など、疾患によっては、8割以上の治療効果が認められています」
こう語るのは、「腸内フローラ移植臨床研究会」専務理事で、ルークス芦屋クリニック院長の城谷昌彦さん(48)。今、腸内環境の整ったドナーの腸内細菌を移植して、健康な腸を取り戻す最新治療法に注目が集まっている。腸内フローラとは腸内細菌の集合体で、顕微鏡でのぞくとお花畑のように見えることから、そう名付けられた。
人間の腸には、善玉菌や悪玉菌など100兆個以上の細菌が一定の割合で生息している。そのバランスが崩れると、先に挙げたようなさまざまな病気の原因になるといわれている。科学者の間では“腸内フローラ自体が臓器である”と言う人までいるぐらい、私たちの健康や病気の発症に密接に関わっているのである。
「欧米諸国では、何十年も前から腸内フローラ移植(学術名・糞便微生物移植)の研究が進められていました。注目されるきっかけは、’13年にオランダの研究グループが、クロストリジウム・ディフィシル感染症という腸炎に対し、9割の治療効果があったというデータを発表したことでした」(城谷院長・以下同)
’14年には、アメリカ食品医薬品局が、クロストリジウム・ディフィシル感染症の標準治療として、条件付きで腸内フローラ移植を第一選択とすべきという指針を出したことから、さらに認知度が広がったという。
ところで、腸内フローラ移植とは具体的にどのような治療を行うのか。城谷院長が解説する。
「現在、大学病院などで行われる従来の治療法は、健康なドナーから提供された便を生理食塩水でろ過して、その腸内細菌を含んだ菌液を大腸内視鏡を使って患者の腸内に移植します。一方、われわれの研究会では、効果をより高めるために、菌液の生成に工夫を加え、特殊な水を使った菌液を使う治療を行っています。そして内視鏡ではなく、腸カテーテルを肛門から挿入し注入する、注腸方式を採用しています」
移植時の痛みや、副作用の心配なども気になるところだが……。
「痛みや副作用はほとんどありません。1回の治療時間は約1時間。実際に腸カテーテルが入っている時間は5分程度。点滴をするようなイメージです。これを原則6回行います。患者さんにとって、負担の軽い治療法だと言えます」
ただし、最初の診断から移植前の腸内フローラの状態がわかるまでに1カ月半。それから患者の腸内環境に合うドナーの選定があって、それから移植。さらに半年後には、腸内フローラのバランスを確認するための採便検査があるので、最終的な結果が出るまでに10カ月ほどかかるという。
腸の病気以外にもさまざまな疾患で効果が出ているだけに、日本人女性死因第1位の大腸がんの治療効果を期待したいが……。
「まだ症例がないので、効果があるとは言えません。ただ最近、がん患者の腸内フローラの乱れというものが確認されてきているので、あらかじめ健康な腸内フローラに変えておくと予防につながる可能性はあるかもしれませんね」
現在、「腸内フローラ移植臨床研究会」と提携する医療機関の中で、移植ができるクリニックは全国で15カ所。城谷院長のクリニックにも、毎日さまざまな疾患を抱えた患者が相談に来るという。
「必ずしも最初から移植は勧めません。まだ臨床研究段階なので保険は適用外」
6回の移植だと200万円近く費用がかかるという。
「コストの問題もありますが、それよりむしろ食事療法やライフスタイルの見直しが有効なケースもあるからです。だから相談に来られた方には、まず腸内環境を整えるための食事療法と薬物療法をアドバイスします。それからサプリメントや心理カウンセリングなども行います。それでよくなる方もいらっしゃいますから」
城谷院長は同研究会が提携する医療機関全体で、腸内フローラ移植の症例件数を5年以内に1,000件以上にすることを目標にしている。
より認知度を上げることによって、企業からのサポートを受けられれば、移植費用はもっと安くなるだろう。