「5時間くらいしか眠れないのって、不眠症かしら?」。高齢親がそんな話を切り出してきたら“睡眠薬を飲むのはちょっと待って!”と声をかけてあげるべきかも。
「人間は老化に伴い、メラトニンという“睡眠ホルモン”を産生できなくなってきますし、とくにリタイア後の高齢者は体を動かす習慣が減ります。ですから、現役時代と比べて高齢者が眠れなくなるのは“当たり前”と言っていいんです。しかし現在、睡眠薬に頼ろうとする高齢者が増え、彼らに睡眠薬を安易に処方してしまう医師がいるのです」
こう語るのは、菅原脳神経外科クリニックの菅原道仁理事長。高齢の外来患者が睡眠不足を訴えると、詳しく問診をされないままに、“じゃあ、お薬出しておきますね”と二つ返事で睡眠薬を処方されてしまうケースが多いのだとか。
さまざまなビッグデータを抽出・研究している株式会社インテージテクノスフィアの医薬情報部の調査によると、加齢とともに睡眠薬の処方率は上がっているようだ。働き盛り世代(40~44歳)と比較して、リタイア世代(65~69歳)の処方率は、ほぼ倍にもなっている。
睡眠薬は、その作用の持続時間によって、4つのタイプ(<1>超短時間作用型、<2>短時間作用型、<3>中間作用型、<4>長時間作用型)に分類される。
「睡眠が浅く、途中で起きてしまうような人には長時間型。寝つきは悪いけれど、寝つければ朝まで寝られるという人には超短時間型、というふうに、その人の睡眠パターンや症状によって、薬の種類や摂取量を決めています」
しかし、不眠を訴える多くの高齢者にとって、睡眠薬が正しい解決策でなく、“不必要”に処方されていることも少なくないという。
「たとえば、夜中に何度もトイレで起きるのが嫌だから、ぐっすり眠るために睡眠薬が欲しい、という方もいます。そういう人には、睡眠薬よりも尿意をコントロールする薬のほうが適切な場合が多い。女性であれば、膀胱炎によって尿意が近くなっているケースもよく見られます。そんなときはまず、膀胱炎の治療に専念してもらいます」
じっさい、睡眠薬など飲まなくても、“膀胱炎が治ったら寝られるようになったわ”という人もいるそうだ。
「“眠れない”“深夜に目覚めてしまう”という場合、大きな病気が潜んでいる場合もある。すぐに睡眠薬を処方するのではなく、患者の現状をしっかりと問診することが医師にも求められているんです」
ムダに処方されてしまう睡眠薬を飲むことで懸念されるのは、服用にともなう副作用や、過剰摂取による危険性だ。
「いちばんの副作用は、注意力や集中力の低下。あるいは眠気が残ったり、ふらつき、頭痛、倦怠感、脱力感といった症状があらわれることもあります。本来必要でないのに、睡眠薬を過剰に摂取してしまった場合、記憶が抜けてしまうケースも。運転中に急に眠気に襲われ、事故を起こしてしまう……というリスクさえ考えられるのです」