7月に入って以降、ふたたび猛威を振るい始めた新型コロナウイルスだが、ここにきて、その感染拡大が“想定外の影響”を及ぼしてきているーー。そう警鐘を鳴らすのは、諏訪中央病院名誉院長の鎌田實先生だ。
「コロナの感染拡大が本格化した3月ごろから外出自粛の要請が出された、いわゆる“巣ごもり生活”の時間が増えてきました。それにより、たしかに新型コロナウイルスの感染拡大は抑えられましたが、今度はその巣ごもり生活そのものが、中高年の健康をじわじわとむしばみつつあるのです」(鎌田先生・以下同)
鎌田先生によれば、外出自粛前にはコントロールできていた血圧や血糖値が、巣ごもり生活を経て上昇してしまった、という人が増えているというのだ。ほかにも、足腰の筋力や認知機能の著しい低下など、長引く巣ごもり生活の影響は多岐にわたっているという。
「医療の現場で目の当たりにするこうした患者さんたちは、まさに外出自粛による“巣ごもり老化”の状態だといえるでしょう」
もちろん“巣ごもり老化”という正式な病名があるわけではないが、鎌田先生は次のような兆候を指摘する。
「巣ごもり老化の兆候は、大きく3つに分けられます。1つ目の兆候は、気分がふさぎ込みがちになったり、よく眠れなくなったりという『心』の不調。次に、スマホの操作や簡単な計算などがうまくできなくなるといった『脳』の鈍化。そして、最後は血圧や血糖値の数値がコントロールできなくなってしまうような『体』の機能低下です。この3つが複合的に起こるのが巣ごもり老化の怖いところだといえるでしょう」
コロナ対策のための外出自粛が生みだした「負の副産物」ともいえる巣ごもり老化だが、その影響は、“想定外の結果”をもたらすと鎌田先生はいう。
「巣ごもり老化は、心・脳・体のそれぞれに影響をもたらしますが、それらのどれか1つでも衰えてしまえば、健康に過ごすことはできなくなってしまいます。つまり、巣ごもり老化の進行は、“要介護状態”に直結してしまう可能性が高いともいえるでしょう」
そんな状況を回避するには、日々の小さな積み重ねが大切だと鎌田先生はいう。
「コロナとの闘いは長期戦になります。だからこそ、ちょっとした心構えや、無理のない生活習慣の改善が、結果的に大きな差を生みます。心と脳、そして体というのは、おのおのが独立して存在しているわけではなく、互いに密接に関係しています。ですから、この3つそれぞれの老化を防ぎ、さらに少しずつでも鍛えていくことが、巣ごもり老化の効果的な予防につながっていくのです」
「心・脳・体」それぞれの大まかな注意点を見ていこう。「病は気から」という言葉もあるが、まずは“心”の注意点から。
「緊急事態宣言が出されていた間、テレビではさまざまな人が『外出を8割控えて』と呼びかけていましたが、これが“心の老化”につながったことは否めません。8割控えるということは、逆に言えば、残りの2割は外出してもいいわけですよね。それなのに、みんなが萎縮しすぎて、2割の外出が0割になってしまいました。私に言わせれば、テレビの情報を真に受けすぎなんです。必要な外出まで控えてしまった結果、うつや気持ちの落ち込みといった“心の老化”に拍車がかかるのです」
もちろん、不要不急の外出はしないに越したことはないが、テレビに洗脳され、おびえて生きるようになっては本末転倒だ。
「ワイドショーなどに出演しているのは感染症の専門家や政治の専門家であって、生き方の専門家ではありません。彼らの言うことをうのみにして家にこもりきりになってしまってはダメ。自分にとって本当に必要な2割の外出を見極めていくことが必要だと思います」
つづいては読者世代にはとりわけ気になる“脳”について。
一般に、認知症の予備群である軽度認知障害(MCI)の人の多くは、適度な運動や栄養バランスの取れた食生活により生活習慣を安定させることで、進行を食い止めることができるとされているが、そこにも巣ごもりの影響は表れている。
「巣ごもり中は、運動不足はもちろん、食事では糖質が多くなりがちです。外出自粛前は一人暮らしができていたMCIの人が、いまでは人の助けを借りなければならなくなっていたり、軽度だった認知症が進行してしまったりと、私の患者さんにも、全体的に認知機能の低下が見られます」
また、家でぼーっとテレビを見ている時間が増えると、認知症の前段階であるアパシー(意欲低下)にも陥りがちだという。
「番組にもよりますが、テレビを見るという行為は、どうしても受け身になりがちですから。やっぱり大切なのは、脳に刺激を与えること。脳トレも悪くないとは思いますが、じつはあれは学会でも見解が分かれていまして、私としては、あまりエビデンス(科学的根拠)がないんじゃないかと考えています。それよりも、私がいま推奨しているのは『コグニサイズ』。コグニッション(認知)とエクササイズ(運動)を合わせたものです。心と脳と体はつながっている、という視点からしてもこれはおススメ。ぜひ挑戦してみてください」
鎌田先生によれば、40〜50代から脳の認知機能はすでに低下傾向にあるそう。顔は浮かぶのに名前が出てこない、スマホで何を検索していたのか忘れてしまった……。そんな兆候がある人は“脳の老化”を疑ってみて。
最後は、「要介護」に最も直結する“体”の老化について。
「筋肉や丈夫な血管を作る大切な栄養素がタンパク質。日本人の食生活はもともとタンパク質が不足しがちなのですが、そこに巣ごもりによる運動不足が加わり、筋肉が落ちる一方となっています。巣ごもり生活に入って、焼きそばやチャーハン、お好み焼きといった炭水化物中心のメニューが増えた、というデータがあるのですが、これではタンパク質の摂取量は減るばかり。毎日の食事の中で、白身肉や魚など、良質なタンパク質をしっかり取るように心がけてください」
ちなみに炭水化物の取りすぎは肥満の原因となり、その先に糖尿病や動脈硬化といった疾患のリスクがあるので要注意だ。
さらに「食生活」と並んで気をつけたいのが「運動」。
「特に更年期以降は筋肉の衰えが加速していきますから、巣ごもり老化の対策としては、運動こそいちばんおススメしたいですね」
「心・脳・体」というのは、互いに密接に関連し合っているが、とりわけ“体”はすべての基礎になるもので、体を動かすことは、心と脳の刺激にもなる。裏を返せば、体を動かさないことは、体だけでなく、心と脳の老化も進行させてしまうことになるのだ。
「要介護状態」につながりかねない“巣ごもり老化”だが、その対策は、じつは新型コロナ感染予防にも有効だそう。
「適度な運動やバランスのよい食事をはじめとした、老化予防の生活習慣は、じつは免疫力の向上にも効果的なものばかり。私たちの体は、ウイルスが侵入しても、その数が100万個以下であれば、自然免疫力で撃退できるといわれていますから、巣ごもり老化の予防は、そっくりそのまま新型コロナの感染予防対策にもなるといえます」
いつまでつづくのかわからないコロナとの闘い。心と脳、そして体の生活習慣をきちんと見直すことこそが、備えにつながるのだ。
「女性自身」2020年9月1日 掲載