■現場で見せる藤さんの素顔と真価。冷静な判断と人を束ねる力で道を拓く
「人生で、自慢できることが1つあるんです」と、藤さんが語りだしたので、身を乗り出した。
「身長が8cm足りずに応募できなかった航空大学校ですが、機長になってからその経験をさまざまな場面でお話ししてきました。すると、その翌年には身長の基準が見直され、そして今年度の入試からは撤廃されることになったのです」
人懐っこい笑みがはじけた。彼女が仕事ぶりを誇らしげに語ることはほとんどない。「特別なことはしていない」という言葉が目立つ。だが、彼女の隣に座ったことがある人たちの思いは違う。藤さんの後輩で、現在、副操縦士として5年目になるカーペンター貴南さんはこう語る。
「副操縦士になる前に、教官だった藤さんの隣でフライトしたことがあります。当日は、天気がすごく悪くて、コックピットから、青白いセントエルモの火(雷雲が近づいた際に強い電場によって発光する自然現象)が前方の窓を這はっているのが見えました。
私は動揺して思うように対応できずにいましたが、隣の藤さんが冷静に、機首を向ける方向や角度を的確に指示してくれました。とても緊張する場面で『大丈夫』と言われたわけではないけど、横にいるだけで、『この人についていけば問題ない』と自然に思えました」
そして、カーペンターさんは、今の職場環境についてこう続ける。
「たしかに機長や副操縦士は男性が多いですが、これまで女性だからといって、なにかしらの圧を感じたこともなければ、会社の制度として困ったこともありませんでした。これは藤さんが道を切り拓ひらいてくれたから。それまでの厳しさは相当だったと思います。
それでも、女性パイロットの女子会で、藤さんが愚痴をこぼしたり、自分がやってきたことを得意げに話したりする姿を見たことがありません」
藤さんの夫で、現在は海外のエアラインでボーイング747型機の機長をしている晶秀さんはこう話す。
「私と妻は、子どもがいないこともありますが、結婚当初とあまり関係性が変わっていません。海外に住んでいる私が、妻の休みに合わせても月に10日会えるかどうか。そこで話すことは、この日のフライトはどうだった、こんな天候のときはどうすればいいかなど飛行機の話が比較的多いです。妻はパイロットという職業が楽しくてたまらないだけで、女性初とか、すごいことをしている、とは思っていないはずです」
藤さんは、遠回りをしたが、自分の魅力と気質を失うことなく、前を向いて道を歩んできた。そう、エレガントに。
晶秀さんは、そんな藤さんのような女性機長が、これからの空の世界では求められると確信しているという。
「昔の飛行機の操縦桿はすごく重かったこともあり、パイロットは男性だけでした。しかし、機体が進化した今、飛行機の操縦に力はいりません。操縦に関して男女の差がなくなった今、機長に求められるのは技術や知識以上にチーム作り。副操縦士、キャビンアテンダント、整備士、地上スタッフと連携するマネジメント能力が不可欠です。
たとえば、天候悪化や機材トラブルなどが生じたとき、最終的判断は機長がしますが、そのトラブルに対して、チーム内で情報を共有して、知恵を出し合って解決していくことが重要です。その点、上下関係を作らずに、誰とでも和やかな雰囲気を作れるのが彼女の強み。とくに女性が多い客室乗務員も意見を言いやすくなります。
妻は、家でもちょっとした一言でいつも僕を笑わせてくれます。職場でも、適度な緊張感を保ちながらも、ぼそっと面白いことを言って、全員の気持ちをほぐして、いいチームを作っていると思います」
男性の仕事と思われていたパイロットの世界で、これからはコミュニケーション能力が高く、周囲に細かく気を配れる女性の利点が生きてくる。日本で女性機長が当たり前になる日もそう遠くはないのかもしれない。
