「意外に思うでしょうが、彼女は決して“運動神経がよいタイプ”ではありません。たとえば、あるエクササイズを教えても、その場でできることは、ほとんどないのです。でも次に会うときには必ずできるようになっていますし、ずっと続けているのです。そのメンタルの強さが高梨選手のすごいところですね」
そう語るのは、森永製菓株式会社ウイダートレーニングラボでヘッド・パフォーマンススペシャリストを務めている牧野講平さん。1月29日に、ノルディックスキー・ジャンプ女子の高梨沙羅選手(20)がワールドカップ通算50勝を達成した。実は彼女に、エクササイズなどを教えてきたのが牧野さんなのだ。1年目は、筋力を強化するトレーニングは教えなかったという。
「自分の体調管理ができないアスリートは強くなれません。彼女にも最初は基本的なことを教えました」と牧野さん。そのなかの1つが「横隔膜呼吸」だった。横隔膜とは、肺が入っている胸腔と、胃や腸などが入っている腹腔を隔てているドーム状の筋肉で、呼吸に使われている。牧野さんはかねてから、横隔膜の重要性に着目しており、『1日5分 横隔膜呼吸で「やせ体質」になる』(池田書店)という著書も出版している。
「胸郭回りが固くなったり、背骨の湾曲が強かったりすると、横隔膜が斜めの状態になり、肺が大きく膨らまなくなります。そのように呼吸がうまくいっていない状態では、全身に栄養が行き渡らず、代謝が落ちてしまいます。また横隔膜以外にも、呼吸に使われる筋肉がありますが、それらは姿勢を正しく保つ筋肉でもあります。逆に言えば、姿勢を正しく保つためのエクササイズをすることで、横隔膜などの筋肉の位置を正し、深く呼吸をすることができるのです」
今回、牧野さんが教えてくれたのは、筋肉を回復させるための「コンディショニング」、そして横隔膜呼吸だ。
「私たちの体には、疲労がたまったり、悪い姿勢が続いたりしたことで固まり、機能しなくなった筋肉があります。力を抜いて、その部分を小刻みに動かすことで、筋肉を正しく機能させるのがコンディショニングです」
【肩リセット】1.バスタオルを細長く丸め、背骨に沿うように当てる。2.あおむけに寝て、膝を立てる。3.手のひらを上に向け、指先を1センチ先に伸ばすイメージで動かす。
「腕を支える小さな筋肉を対象にしているため、動きも小さいのです。でもこうやって筋肉を緩めてあげることは、四十肩・五十肩の予防にも効果があるんですよ」
【首リセット】1.肩リセットの体勢から両手は首の中央を支える。2.後頭部を床につけたまま、あごを引く。
「首を前後に動かすだけではなく、左右に動かすことをおススメします。複数の筋肉を緩めるためには、多方向からのアプローチがあると、より効果が高まるからです」
【胸郭リセット】1.バスタオルを肩甲骨に当たるように横向きに置き、両手を耳に当てる。2.脇を締めながら、上体を起こす。
「胸郭は背骨と肋骨に囲まれた空間です。肋骨は動かないと思っている人が多いと思いますが、実はわずかに動くのです。ふだんはあまり行わない“ねじる”という運動で、胸郭回りの筋肉を刺激します」
筋肉の動きが正常になったところで、今度は効率よく呼吸をするための練習を行う。
「胸郭が動き、横隔膜が100%機能し、腹横筋(※脇腹の、もっとも内側にある筋肉)などの腹部の筋肉もすべて使って行うのが横隔膜呼吸です。胸郭リセットの上体から、胸郭が動いているか、腹横筋がうまく使えているかなどを意識しながら呼吸します。背中に丸めたバスタオルを敷くことで、呼吸の改善がより促されます。また。脇腹に手を当てれば、腹横筋が左右にきちんと膨らんでいるかどうかもチェックできます。最初は難しいので、腹横筋が動くように促します」
コンディショニングと横隔膜呼吸を毎日コツコツ積み重ねることで、まず姿勢が正され、呼吸がラクになる。そして肩こり、腰痛、偏頭痛が改善され、さらには美容効果も期待できるという。
「もともと日本人は欧米人と比べて、お尻がたれて見えてしまいます。でも姿勢を正せば骨盤も上がるので、ヒップアップ効果も促せます。そして横隔膜呼吸は代謝をアップさせますので、“やせ体質”にもなれるんです」
高梨選手の偉業にあやかって、横隔膜呼吸で「健康&やせ体質」を目指してみよう!