「僕はこれまで、多くの認知症患者さんを“殺し”てきました。今この瞬間も“殺し”に加担する医師は存在します。殺すという言葉には、『活動や動作を抑えとどめる』という意味があります。そういう意味で、僕はこれまで多くの患者さんを殺してきたのです」
こう衝撃的な告白をするのは、大阪市内で認知症患者の在宅医療を行う石黒伸先生。石黒先生は、3月に著書『告白します、僕は多くの認知症患者を殺しました。』(現代書林)を出版し、その中で日本の認知症医療の過ちを告白している。なぜ医療行為が、症状を悪化させてしまうのか?
「まず、認知症の正しい診断ができない医師が多くいること。認知症では、アルツハイマー型、レビー小体型、ピック病とも呼ばれる前頭側頭型、脳血管性の4大病型が有名です。さらにこれらが混合したり、最近はパーキンソン病や進行性核上麻痺などの神経難病が認知症の原因と発覚することがよくありますが、多くの医師は知識が十分でなく、誤診するケースが後を絶たない。たとえば、レビー小体型は少量の薬でも過敏に反応するのに、アルツハイマー型と誤診され不適切な処方をされると、副作用で寝たきりになることも少なくない」(石黒先生・以下同)
さらに石黒先生が強く指摘するのは、薬の処方の仕方だ。
「認知症になると、記憶力や方向感覚の低下、料理など日常の行為ができなくなるといった『中核症状』が表れます。これを治療するために使うのが、アリセプト、リバスタッチパッチ、レミニール、メマリーの4つの認知症中核薬。しかしこれらの薬には、製薬会社が定め、厚生労働省が認めた『増量規定』があります。医師はこの規定に従い、服薬後、なぜか一定期間が過ぎると増量しなければいけません。増量しない場合、保険審査が通らず、薬剤代を医療機関が自腹で負担せねばなりません。しかし増量を続けると、徘徊する、暴れるなどの認知症の『周辺症状』が悪化する、また副作用が強く出るケースが多々あります。たとえばアリセプトは非常に優れた薬で、穏やかなアルツハイマー型の患者さんなら、症状の進行を遅らせることができます。しかし、怒りっぽいアルツハイマー型の患者さんに増量すると、より攻撃的になり、人格が壊れてしまうことさえある」
こうなったとき、医師が認知症の症状が進んだと誤解すると、薬の量をさらに増やすなどして、症状の悪化を招く処置をしてしまう。
「治療する医師は規定に従い、患者さんの体重や状態を考慮せず、増量処方を行っています。僕自身も高齢者施設で認知症医療を始めた当初、疑いもせず増量処方を行いました。すると患者さんの症状はよくなるどころか悪化し、怒りっぽくなったり幻覚が出たりする。周辺症状の悪化に対応するため、さらに向精神薬を投与すると、患者さんはほとんど寝たきりになりました。施設としては手のかからない状態ですが、これが最良の医療と言えるでしょうか」
このやり方に不信感を覚えた石黒先生が適切な治療法を模索するなか、出合ったのが「コウノメソッド」。名古屋フォレストクリニック院長の河野和彦医師が30年以上にわたる臨床経験をもとに、’07年に発表した認知症治療のメソッドだ。認知症中核薬と向精神薬を少量投与に抑え、副作用リスクを減らすのが基本で、希望する家族には保険適用外の薬剤の注射や点滴を行う。
「コウノメソッドでは、中核症状そのものではなく周辺症状を治します。周辺症状がなくなると、介護するご家族の負担だけでなく患者さんが感じるストレスも減る。すると散漫だった集中力が戻り、落ち着いて人の話を聞けるようになる。結果、中核症状である記憶力の低下などが改善するケースが多く見られます」
現在、コウノメソッドを実践する医師は全国に約350人と、まだまだ少ない。なぜ広まらないのか。
「認知症中核薬の増量規定によるところが大きいでしょう。じつは昨年6月、正当な理由があり、かつ、それを国保・社保が認めたときに限り、少量投与が可能になりました。しかし製薬会社と密接な関係を持つ大病院の医師の中には、これに異を唱える者もいます。その影響もあり、いまだ9割ほどの医師が、疑問を感じることなく“死の処方”を続けているのです。こと認知症に関しては、医師任せにしてはいけません。処方された薬の特徴、そしてどんな副作用があるのか、ある程度の知識をつけなければ。そして、コウノメソッドという治療法が選択肢としてある事実を知ってほしいのです」