「45歳くらいから、朝、体が鉛のように重くて、すぐに起きられなくなったんです。更年期障害だろうと思ってほうっておいたら、『甲状腺機能障害』だったことが、10年くらいたってわかりました。もっと早く気づいて治療しておけば、長い間しんどい思いをしなくてすんだのに」
27年前を振り返り、そう話すのは、神奈川県在住の遠藤セツ子さん(72)。遠藤さんは、いまでも定期的に病院に通い、甲状腺ホルモンを補充する薬を飲み続けている。甲状腺機能障害とは、首の前にある甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンの量が低下したり、逆に増えすぎたりすることで、代謝が正常に行われなくなり、代謝が正常に行われなくなり、倦怠感や、動悸、イライラなど、さまざまな体の不調を引き起こす病気だ。
厚生労働省の患者調査によると、甲状腺機能障害の患者は年々増加しており、’08年度の約48万人から、’14年度には約71万人へと、約1.5倍に増えている。しかも、男女比でいうと男性1人に対して女性は5.4人と多く、年代も20代から75歳以上の高齢者までと幅広いという。甲状腺疾患専門の伊藤病院(東京都)の吉原愛先生は、この増加の理由について、次のように語る。
「甲状腺機能障害は更年期障害や認知症、糖尿病など、ほかの病気と症状が似ているので、甲状腺に疾患があるのに気づかれないことが、多かったのです。最近は、検査の精度や検査を受ける機会が増えたことで、甲状腺の疾患が見つかりやすくなったことが増加の一因だと考えられます。甲状腺になんらかの疾患を抱える方は、国内で約500万人と見込まれます。高血圧や糖尿病に匹敵するくらいの数だと言えるのでは」
甲状腺機能障害は、吉原先生が指摘する病気以外にも心臓病や骨粗しょう症、神経の病気にも似た症状が。そのなかでもとくに女性の更年期障害の症状に似ているので、冒頭の遠藤さんのように体調不良になっても気づきにくいのだ。
ほかの病気と間違えないようにするためにも、基本的なことを知っておこう。
「甲状腺機能障害は、大きく分けると、甲状腺ホルモンの過剰分泌で起こる甲状腺機能亢進症と、不足することで起こる甲状腺機能低下症の2種類があります。甲状腺ホルモンは体の新陳代謝や、脈拍、細胞の生まれ変わりなどのサイクルを、一定に保つ働きがあります。分泌されるホルモンが多すぎても少なすぎても、体のあちこちに支障をきたすのです」
では甲状腺機能亢進症になると、どんな症状が現れるのか。
「甲状腺ホルモンは、全身の代謝を活発にするので、これが多すぎると、イライラしやすくなったり、安静にしていてもスポーツをしたときのように脈が速くなったり、筋力が低下したりすることもあります」
また、甲状腺ホルモンの働きが低下することで起こる甲状腺機能低下症(以下・低下症)には次のような特徴がある。
「甲状腺に慢性の炎症が起こることでホルモンの働きが低下し、代謝も悪くなります。低下症の代表的な病気といえば橋本病ですが、首の腫れのほか、体のだるさ、寒気、意欲の低下など、更年期に似た症状も出ます。脳の働きも低下し、物忘れが増えたり、認知症を疑うような症状が出ることもあります」
実際に、認知症だと思っていた高齢者が、橋本病の治療をしたら回復したというケースもあるという。
「常に首の前面の腫れがある場合はすぐに病院で診断してもらったほうがいいでしょう。また、首が腫れない方もいるので、首の腫れのほか、体のだるさ、寒気、意欲の低下などの症状が長引いたら、甲状腺の検査を受けてみましょう」
甲状腺の検査は、血液検査で血中の甲状腺ホルモンの濃度を調べればわかる。しかし、検査では、オプションになっていることが多いので、近くの内科で相談してみよう。