「自然の恵みである温泉は、好きなように入っていいものではなく、入浴方法を間違えると牙をむくこともあるのです」
と語るのは、世界遺産「石見銀山」に湧く温泉津温泉(島根県大田市)にある「薬師湯」のオーナー内藤陽子さん。
東京で育ち、ドイツやオーストラリアなど海外生活が長かった内藤さんが、帰国後、夫の実家である薬師湯を引き継いだのは2004年のことだった。
「実は、学生時代に行ったスキー場に温泉があり、あまりの硫黄のにおいにうんざりして以来、温泉にはいい印象がありませんでした。
ところが経営者になってすぐに、まったく歩けずに抱えられて入浴していた女性が、湯治によって、一人で歩けるようになるなど温泉の持つ力に魅了されて。もっと温泉の効能や魅力を伝えたいと、一念発起して島根大学医学部大学院を受験しました。
受験勉強のほか、海外でナチュラルセラピーや健康医療の勉強をした経験も生きて、大学院で温泉を医学的に研究しはじめたのです」(内藤さん、以下同)
内藤さんが大学院に入ったのは60歳を過ぎてから。現在も大学院に籍を置いて、温泉が心身に与える影響について研究している。
家庭の風呂と違い開放的な気分になれる温泉が心身にいいことは経験としては理解できるが、なかには温泉に行って疲れてしまうという人も……。そこで内藤さんに寿命を延ばす温泉の入浴法について聞いてみた。
■処方箋(1)「下半身にかけ湯で突然死予防」
「せっかく体を癒しに来たのに事故があってはいけません。
とくに冬場は脱衣所と浴場との温度差があり、血圧が大きく変動して、血管や心臓に負担がかかる『ヒートショック』の危険性が高まります。湯船に入る前に、心臓から離れた足元からしっかりかけ湯をして、血圧の急激な変動を防ぐことがとても重要です」
温泉での事故では、血圧の変化や血液粘度が上昇することによる血管トラブルも少なくないという。
「うちの温泉では入浴で体重が500~800gほど減ります。つまりそれだけ体内の水分が抜けて、血液はドロドロ状態になり血栓ができやすくなるのです。
血栓による脳梗塞や心筋梗塞を防ぐためにも、入浴の前後に水分補給を徹底してもらっています。
また空腹時での入浴は、低血糖を招くリスクが高くなります。
温泉旅館にはよく温泉まんじゅうが置いてありますが、空腹の方に温泉に入る前に甘いものを食べてもらい、血糖値が下がりすぎるのを防ぐ役目があるのです」
