「私が指導した児童の多くは、その後、大学受験で医学部や歯学部、薬学部に進学していきます。どうやら小学校のときに算数に興味を持つかどうかが成績アップのカギのようです。教え子たちが算数に関心を持ってもらうために、私は背中を押すだけですよ」
こう語るのは、本誌の人気連載「血流講座」の順天堂大学医学部の小林弘幸教授の父・次男さん(86)。小学校の教員だった次男さんは定年退職後、算数の家庭教師として30年近く、小学生の指導を続けている。現在も4人の児童を受け持っているが、驚くことに、次男さんが教えてきた児童の多くは、これまで開成中学や麻布中学など難関中学校に合格を果たしている、まさに“レジェンド家庭教師”なのだ。
スーッと伸びた背筋、ハリのある声。年齢を感じさせない次男さん。ふだんからエスカレーターを使わずに階段を使ったり、毎日ウオーキングをしたり健康な生活を心がけているそう。
「散歩をしているときも、階段を上っているときも、算数の問題はないかな、と、思わず考えてしまいます」(次男さん)
86歳になってもなお、現役家庭教師として活躍している秘訣には、やはり“算数的な思考”が大きく関わっているようだ。
「父が実践していることには、脳を活性化させ、認知症を予防するヒントがたくさんあります」
そう解説するのは、小林教授だ。自律神経研究の第一人者で、最近は認知症と自律神経との関係を研究している。現在、高齢者の認知症患者は530万人。予備群の軽度認知症は400万人いるといわれているが……。
「軽度認知症の場合ならば、進行を遅らせることは可能ですが、認知症に一度なってしまったら、治すことは困難です。大事なことは40歳を過ぎたら、有酸素運動をすること。そして、ふだんの暮らしのなかで脳を刺激して、鍛えておくことです」(小林教授)
最近では、脳を鍛えるための漢字や計算ドリルなども、書店の棚に多く並んでいる。
「たしかに認知症予防にそういったドリルは有効でしょう。しかし、単純な一行計算の繰り返しや漢字の書き取りだけでは、脳の限られた部分しか刺激されません。しかし、算数の問題を解くことは、『理解・計画・実行・検討』と、脳のすみずみまで活性化させることと同じなんです。また、難しい問題が解けたときの喜びや達成感を得たときには、脳内に『ドーパミン』という神経伝達物質が分泌されます。この物質は、脳の司令塔ともいわれる前頭葉や記憶に大きく関わっている海馬の働きをよくしてくれます」(小林教授)
さらに小林教授は、次男さんが日常で実践している「ながら計算」が脳にいいと太鼓判を押す。
「認知症予防のために鍛えておきたいのが、前頭葉の上部にある前頭極です。計画をたてたり情報を処理したりする知的なことをつかさどるこの部分は、2つのことを同時に行うことで、活発に働きます。散歩しながら算数の問題を解く、車で移動中に計算するなど、創意工夫が求められる算数の問題や計算をつねにすることは有効です」
面倒な計算は電卓に頼りきり……というアナタ。まだ間に合うので、少しでも“ながら計算”を意識して、脳を働かせよう。