「口腔がんはこの40年で、女性の罹患者が2倍以上に増えていて、死亡率も上がる一方です。先日もお子さんのいる主婦の方が私のところに来られましたが、歯はぐらぐらで、歯肉もぶよぶよ。ステージ3の状態でした。なぜここまで放っておいたのだろうかという状況でした。ご本人は歯槽膿漏がずっと治らないのだと思い込んでいたのです」
そう話すのは口腔がん治療の第一人者で、啓発活動に尽力する東京歯科大学口腔顎顔面外科学講座の柴原孝彦教授。口腔がんとは唇や舌、歯肉、口底、頭蓋のほか、頬の内側や口蓋垂の前までの、口の中のあらゆる場所にできるがんのこと。冒頭の話のとおり、現在の日本では年間1万5,000人が口腔がんに罹患し、7,000人が命を落としている。
「口腔がんの4割が舌がんです。私が学生だった40年前は、飲酒や喫煙を嗜好したり、不摂生が口腔がんの主な原因とされ、男女差でいうと3対1で中年男性に多く発症する病気でしたが、いまは女性に多くなり、別の原因もあることが分かってきました」
柴原教授によると、なんと歯磨きも口腔がんに関係があるという。口腔がんについて’09年に愛知県がんセンターで約2,500人を対象に行われた日本初の大規模調査によると、「歯磨きの回数が少ないほど罹患率が高くなる」という驚くべきデータがある(調査は口腔がんを含む頭頸部がん)。1日2回歯磨きをする人にくらべ、まったく磨かない人は、リスクが3.6倍に跳ね上がったというのだ。同センター遺伝子医療研究部の松尾恵太郎部長は次のように語る。
「口の中を清潔にしておかなければ、口腔内細菌が口の中で発酵し、アセトアルデヒドという発がん性物質を作るケースがあるのです。また歯の残存本数が少ない人にも罹患率が高くなることも(’09年)判明しています。これはかみ合わせがうまくいかないことで、残った歯が口の粘膜や舌、のどを刺激してしまい、入れ歯や義歯の不具合などもあって、口の中に傷を繰り返しつくることで、結果としてがん化すると考えられます」
しかも、いまもっとも危惧されていることは、口腔がんは子宮頸がんなどと比べ、まだまだ認知度が低いため、かなりがんが進行した段階で、受診する人が多いということだ。柴原教授は、こう強調する。
「残念なことに罹患者の5割以上がステージ3以上の状態で受診します。進行していくと、がんがリンパ節や、全身に転移していき、致命的になることもあります。ですからぜひ、口の中に意識を高く持っていただきたいのです」
意外と恐ろしい口腔がん。身を守るには、歯磨きなど、日ごろのケアが肝心だ。