2013年3月、京都府京田辺市に小さなテレビ局が開局した。その名は『松井ケ丘あいあいコミュニケーション』。制作スタッフはわずか7人。平均年齢70歳で全員ボランティアだ。
松井ケ丘は大阪や京都の通勤圏として、1970年代に開発されたいわゆるニュータウンだ。第1陣の入居が始まってからすでに40年以上が過ぎ、夢のマイホームを手に入れたかつての若夫婦は皆、一様に年をとった。ここで育った若者の多くは町を離れた。結果、今では65歳以上の人が町の人口の4割を超す。
「最近は2世帯住宅に建て替える家が増え、子供世代が戻ってきて、多少は年齢層が下がったと思うんですけどね」と言うのは、ディレクター兼アナウンサーの中村芙美子さん(70)。
カメラ・編集を担当する石田憲次さん(71)は「半面、独居老人も少なくない。高齢化した町で、いちばんの問題は回覧板が回りにくくなってきたことでした」と言う。
目が悪くなった老人に、小さい文字は読みにくい。回覧板は回っても、読まずに回す人が増え、ゴミのことや地域の大事な情報が伝わっていなかった。そこでケーブルテレビで空いていた「11チャンネル」を使って自主放送をしようということになった。インターネットは使わない。携帯・スマホもこなせない。耳の遠い人も少なくない高齢者の町で情報を共有するにはラジオよりテレビが最適。
そう考えた石田さん、中村さんら住民7人が、自主放送委員会を立ち上げた。総務省から放送許可も取得した。開局は3月10日。放送時間は朝6時から夜10時30分まで。行政機関からのお知らせを文字放送で流すほか、独自取材の動画も織りまぜて、日本初、たぶん唯一の、高齢ボランティアによる地元ド密着の放送が始まった。
「毎朝5時半に起きて、6時の放送開始からキチッと立ち上がっているかチェックします。30分止まったら放送事故として総務省に報告せなならん。それだけは避けたいですからね」(石田さん)
回覧板の内容を繰り返し流す『テレビ回覧板』の文字情報を作るのは、渡部正洋さん(70)。行政や自治会からのお知らせを、パワーポイントを駆使して画像化し、BGMもつけている。石原洋子さん(75)は料理レシピなどを提供、文字制作の担当だ。石田さんと中村さんが手がける動画は、朝昼晩の太極拳体操、お宅訪問、山や川、花などを撮影した環境映像が主なコンテンツ。
「11チャンネルを通して、松井ケ丘が少しでも良くなってほしいと思っています。もともと新興住宅地だから、他人が何かしてもわれ関せずのところがあった。向こう三軒両隣という感覚が希薄なんです。それを、このテレビを通して少しでも変えられたら」と中村さん。
石田さんはこう言った。「放送に知った顔が出てきて『あら。あの人、出てるわぁ。私も負けてられへんわ』と思うてもろたら、しめたもん。実際、取材に行くと、最初は大変だっておっしゃっていた方が皆さん、なぜかシャキッとされるんです!テレビカメラの前で若返る、いうんかな」
それこそがテレビの、いや、地元ド密着テレビだからこその“魔法”だろう。出ればシャキッと若返る。見れば、ピリッと元気になれる。町のテレビは、まだ始まったばかりだーー。