「4月27日に亡くなった朝丘雪路さん(享年82)は、5年ほど前から死因となったアルツハイマー型の認知症を発症しており、津川雅彦さん(78)が自宅介護をしていたそうです。数カ月前に津川さんの顔を見て『あら』と言葉を発して以来、コミュニケーションも困難な病状に。そんな妻の行く末を案じていたのでしょうか、『僕より先に逝ってよかった』という記者会見での津川さんの言葉には、重みがありました」(芸能担当記者)
認知症は、厚生労働省のデータによると、65〜69歳までの有病率は1.5%だが、5歳ごとに倍増。85歳の有病率は27%にものぼるといわれる。長寿化する日本においては、がんと並ぶ“国民病”ともいえるほど身近な病だ。しかしーー。
「がんの予防・検診・治療などは日進月歩ですが、認知症は進行を遅らせるという薬が4つあるものの、まだ効き目が弱く、画期的な治療薬も開発されていません」
認知症治療の現状を解説するのは、米国ハーバード大学元研究員で、老化や疫学の研究に従事したボストン在住の内科医・大西睦子さんだ。
年始には大手製薬メーカーであるファイザー社が認知症薬の開発から一時撤退することを表明するなど、認知症の研究において暗いニュースもあった。
しかし、最近、認知症治療が可能になるような、新しい研究が続々発表されている。
「3月に掲載されたイギリスの『テレグラフ』誌の記事によると、アルツハイマー病に関して50歳以上の者が接種できるワクチンが、10年以内に開発可能だと報じています。ワクチンはアルツハイマー病の約70%を予防することができると予想していますが、こうしたワクチン開発と同時進行で、世界中の研究者は日々、認知症と闘っています」
ほかにも今年に入ってから、認知症の治療を目指す夢の治療法の研究が進んでいる。その最前線を、大西さんが解説してくれた。
■認知症の原因物質をできなくする
まず、知っておきたい基礎知識が、認知症の原因だ。
「現在のところ、認知症の約7割を占めるアルツハイマー型の特徴は、アミロイドβによる老人斑とタウタンパク質による神経原線維の変化です。これらが徐々に蓄積して集合体になって、神経細胞を傷つけたり死滅させて起こるといわれています」
そこで注目されているのが4月9日に『ネイチャーメディシン』に発表された、サンフランシスコに本部を置くグラッドストーン研究所の発表だ。
「APOEといわれるタンパク質がありますが、そのタイプは遺伝子によって、APOE2、APOE3、APOE4の3つに分類されます。なかでもAPOE4を持つ人にアルツハイマー病のリスクが高いことが知られています」
これまでに「APOE3が1つある場合に比べて、APOE4が1つある場合は、アルツハイマー症の発症が2倍に、2つあると12倍になる」と報告されている。
「研究した著者らによると、マウスの神経細胞ではAPOE4はアミロイドβの産生に関わるようです。今回のマウス実験では、ヒトの細胞を使い、薬剤によってAPOE4から無害なAPOE3に変換できました」
論文共著者は「医薬品の開発に重要な情報となる」と記している。その後、アメリカの大学研究機関や製薬業界の協力を得て、開発が進められている。
■薬剤投与で、アミロイドβを減らす
「3月26日に発表された米国ワシントン大学医学部チームの論文は、前出のAPOEタンパク質を標的にするものでした」
マウスによる研究では、週1回、合計6回の薬剤の注射によって、APOEを標的に攻撃し、アミロイドβ斑(アミロイドβの集合体)のレベルを半減させたという。
「認知症状が出る数年前から、アミロイドβは脳に付着しています。それが蓄積されるとアミロイドβ斑になり認知機能の低下が起こるのですが、その発症前から除去すれば、脳の損傷を止められる可能性があります」
一見、悪者のように思われるAPOEには、体内の脂肪やコレステロールを運ぶという大事な役割もある。
「研究チームの薬剤は、血液中のAPOEには影響せず、脳内のアミロイドβを増生するAPOEのみを標的にします。つまり『副作用は見られない』治療薬と期待されています」