「認知症の発症要因には、食事や運動、生活習慣などさまざまあります。実は、地域ごとに発症率にもあきらかな差があることが知られています。認知症の多い県、少ない県の特性を知ることも、認知症予防の参考になるでしょう」
そう語るのは総合内科医で秋津医院の院長、秋津壽男先生。
2040年には65歳以上の6~7人に1人が患うという認知症。とくに女性の有病率は高く、80代後半では44%(男性35%)が認知症になると予想されている。
そんな認知症に地域差があるとは……。そこで本誌では、医療施設に対して行われている厚生労働省の「患者調査」(令和2年)から〈アルツハイマー病〉と〈血管性及び詳細不明の認知症〉の女性の認知症患者数を都道府県ごとに抽出。65歳以上の女性人口に対する割合を調査してみた。
その結果、広島県の女性(発症率6.39%)がもっとも認知症になっている人が多いことが明らかに。もっとも女性の認知症患者が少ないのは神奈川県(1.80%)で、その差は約3.6倍にも上ることがわかった。
筑波大学名誉教授で、日本介護予防・健康づくり学会会長の田中喜代次さんがこう解説する。
「広島県の女性は、平均余命は全国7位と平均を大きく上回っていますが、“健康上の問題で日常生活に影響がない”健康寿命は43位と低迷しています。平均余命と健康寿命との差は自立した生活ができない“不健康期間”であり、この期間が長ければ認知症や寝たきりなど健康に問題が生じてきます」
長生きすれば当然、認知症になる可能性は高くなる。平均余命で全国トップの岡山県でも認知症発症率でいえばワースト2位に、3位の京都府も35位と認知症の患者の割合は高くなっている。
認知症患者増加の要因となる健康寿命が短い背景について、広島県の担当者はこう語る。
「広島県の女性が認知症の発症率が高いことは初めて知りました。たしかに健康寿命について女性のほうが低いのが現状。気になるのは県民の野菜摂取量が令和元年の国民健康・栄養調査で1日252gと、国が定める目標から100gほど足りていないことですが、それだけではないはず……。今年度中には県民に向けて、健康寿命と関わりの深い骨折やメンタルヘルスを柱としたアンケート調査を実施して要因を探ろうと考えています」
カゴメが2018年に、全国20~69歳の男女約1万人を対象に調査した都道府県別の野菜の摂取量でも、広島県は全国39位。野菜嫌いが認知症の発症の高さと関わっているのかもしれない。
また40歳以上が受ける特定健診のデータを集計している厚生労働省の「第9回NDBオープンデータ」を調べてみたところ、広島県の女性(50代)では、「LDL(悪玉)コレステロール」で基準オーバーの割合がワースト3位、「γ-GTP」ではワースト15位と高いことがわかった。
秋津先生がこう解説する。
「認知症と深い関わりがある動脈硬化リスクがわかるLDLは、食の影響もある。広島県はお好み焼き店が人口10万人当たり全国一多く、粉もん文化がLDLを高くしている可能性も。またγ-GTPは飲酒量のバロメーター。おいしい物を食べて、認知症を招くお酒をたくさん飲む女性が多いことが認知症の発症率に表れているのかもしれません」
さらに広島県在住で、介護施設で働く女性がこう語る。
「作家の司馬遼太郎が名著『街道をゆく』で“中国者の律儀”と広島県人の気質を表現していますが、とくに女性は律儀で生真面目な人が多い。
逆にいうと、ささいなことが気になったり、なんでも1人でこなそうとしたりする性格が認知症になりやすいのかもしれません。
また自動車メーカーマツダのお膝元であり、車の保有台数が全国でもトップクラス。交通機関が整っていない地域も多く、近所に買い物にいくにも自動車で移動することが多く、ほとんど歩かないことも影響しているのでは」
表のなかで注目してほしいのが認知症が少ない県として4位の青森県と5位の北海道が上位にあがっていること。前出の田中さんはこうみている。
「女性の飲酒率、喫煙率が高く、がん死亡率はワースト1位が青森県で、北海道はワースト2位と健康的にはどちらも優等生とはいえません。とはいえ、認知症になる前に寿命を迎えているということも。つまり直前まで元気に過ごす“ピンピンコロリ”をしている可能性があるのです。一方、認知症の発症率が29位の滋賀県、30位の長野県は長寿県として有名ですが、不健康期間が長く、認知症や寝たきりの状態で寿命を迎える“ネンネンコロリ”の人が多い可能性も想像できます」
では、認知症が少ない県の特徴はどうだろうか。1位となった神奈川県、2位の埼玉県について、秋津先生がこう解説する。
「認知症の予防には、人や社会と関わり続けることも重要です。神奈川県や埼玉県は都会で人口も多い。美術館や娯楽施設もそろい、感性を刺激します。
年齢を重ねても働いたり、共通の趣味のグループを組んだり、ボランティアとして社会貢献したりと社会とつながりやすいことも関係しているでしょう。人と会話をするだけでも、脳のさまざまな領域を刺激し活性化します。日々、多くの人とコミュニケーションをとりやすい環境かどうかは認知症の発症を左右します」