「今日は何を作ってるんですか?」
ここは、NHK大阪放送局の撮影スタジオ脇にある通称「消えもの室」。現在放送中の連続テレビ小説『まんぷく』に出てくる消えもの=料理を作る場所だ。出番を終えた俳優も、つい匂いにつられて顔を出す。
小道具なども置かれ、料理ができるスペースは畳3畳分ほどしかない。そこの家庭用コンロと業務用コンロから、とびきりおいしそうないい匂いが漂っている。その中で慌ただしく料理をしているのが、広里貴子さん(42)だ。
広里さんは、’13年放送の『ごちそうさん』(杏主演)以降、NHK大阪放送局制作の朝ドラ全てで、料理指導を担当している。『まんぷく』で6作目になる。
「担当は食にまつわる全てですね。食卓に並ぶ料理はもちろん、八百屋さんの場面で、野菜や値札を並べるのも私の仕事です」
台本にある食事のシーンの献立を考え、食材をそろえて調理するだけでなく、市場や畑、家などのセットに置く“美術としての食”も準備して、その時代考証まで手がけるというのだから、大変だ。
「献立は登場人物のキャラクターを考え、朝食か夕食か、その時代、季節、場所も考慮して作ります。たとえば、大阪は食でも“ゲン担ぎ”の料理が多いんですね。1日と15日は魚、1日、20日はうるち米のあずきご飯を食べるというような習慣も、ドラマに盛り込んでいるんです」
映像で料理が映るのは一瞬だとしても、広里さんの食に対するこだわりは徹底している。
「その地域の方が見ても納得して、喜んでもらえるように心がけています。食の時代考証も大切です。朝ドラが、何年かたって再放送されても『この時代に、この料理は食べられていない』ということがないように気をつけています」
その手腕は、インスタントラーメンを開発した安藤百福、仁子夫妻をモチーフにした『まんぷく』でも、存分に発揮されていた。
たとえば、ドラマ序盤から登場する何種類ものラーメンは、その時代や設定に応じて、スープの取り方から麺の種類まで替えている。
鶏ガラ、豚バラのスープは自分の厨房で作って、冷凍して持っていく。かつお節や煮干しのだしは、消えもの室で取って、ベースのスープとブレンドしている。
「朝ドラの撮影は10カ月の長丁場。役者さんの体調管理も大切です。役者さんはリハーサルを重ねてから、撮影ですから、何度も食べなくてはいけません。ラーメンの後に、朝食や夕食のシーンが続くことも多いんです」
そこで、広里さんは人工の添加物を避け、自然の素材でスープを取り、喉も渇かず胃にもたれないラーメンを作っている。
「手間も原価もかかりますが、役者さんの体調がいちばん」
もちろん、ラーメンだけでなく、これまでの朝ドラ6作品で、彼女が出す料理は、すべてだしから取った体に優しいものばかり。役者たちがハードな撮影の日々を乗り切るための健康を保つ、重要な役割も広里さんの料理は担っている。
『まんぷく』のプロデューサー・堀之内礼二郎さんは、広里さんの仕事に絶大な信頼を寄せていた。
「僕は、ラーメンの色と具を替えるぐらいかと思っていたんですが、だし、麺、具と、ここまでちゃんと変化させてくださって。しかも、どれもおいしいんです。ラーメンだけじゃないですよ。福子が家計を支えるために働いた『パーラー白薔薇』のカレーも絶品です。たちばな塩業の社員15人が食べていた料理もおいしかった。だから、撮影でカットがかかっても、完食するまで食べ続ける役者さんが多いんですよね。特に、福ちゃん(安藤サクラ)と鈴さん(松坂慶子)が召し上がられている気がします。広里さんの味がお口に合うんでしょう」
福子の母親役の松坂慶子は『あさが来た』と今回で、2作目だ。
「撮影ももう終盤なので、松坂さんは『何が寂しいって、先生の料理が食べられなくなるのが寂しいわぁ』と言ってくれます」
戦後の栄養不足を補うために萬平が開発した「ダネイホン」も、広里さんが作っていた。
「ベースとなる牛骨を圧力鍋で10時間煮込んだスープにコンブ、ワカメ、すももなどを加えドロドロに。栄養たっぷりでまぁまぁなおいしさ。『ワインに合う』というスタッフもいたんですよ」
朝ドラの食には、広里さんの愛がたっぷりと詰まっていた――。