「最近、体操選手のようなベターッとした開脚前屈に挑戦する人が増えています。ベストセラーになった本の影響もあるようですが、実は無理に開脚するのはとても危険なのです」
そう語るのは、アスレティック・トレーナーの森本貴義さん。9月に発売された著書『間違いだらけ! 日本人のストレッチ』(ワニブックスPLUS新書)も話題だ。アメリカで十数年にわたってシアトル・マリナーズでイチロー選手(43)らのトレーナーを務めた森本さんは、大リーグ通算3,000本安打にも貢献。現在はシアトル・マリナーズのフェリックス・ヘルナンデス投手や、プロゴルファーの宮里優作氏といったアスリートのトレーナーとしても活躍している。
「日本人は『体が柔らかいことはよいことだ』と思い込んでいますが、必ずしもそうとは限りません。ふだん体を動かさない人が急に『開脚ベターッ』を目指すと、筋肉が弱いままで股関節だけが柔らかい状態になります。本来は関節を柔らかくしたぶん、その関節を守るために相応の筋力をつける必要があります。筋トレをせずにストレッチだけ頑張ると、体のバランスが崩れ、股関節だけでなく、膝や腰まで痛める原因にもなります」
特に、高齢の人がいきなり過度なストレッチをすることは勧められないという。
「私の経験によれば、ストレッチをして関節の柔軟度が高くなる一方、体に痛みを抱えている年配女性は多いです。関節は訓練すれば年齢に関係なく柔らかくなりますが、筋肉量は年をとると確実に落ちていて、ケガをしやすくなります。高齢の人が股関節亜脱臼を未然に防ぐだけの筋肉量を持つには、相当なエクササイズが必要ですが、そこまでするのは現実的に難しいでしょう」
森本さんは、痛い思いをしながらストレッチをする人が多いことにも危惧している。
「痛みは体が発している、『これ以上やったら体に支障を来しますよ』というサイン。痛みをこらえてゆがんだポーズをとっていると、亜脱臼したり、腰痛を起こしたりと、さまざまな不具合が起こります」
なぜそこまでして、開脚をしようとするのか。森本さんはこう推測する。
「『開脚ベターッ』ブームの理由は、開脚は見た目にわかりやすく、他人にも承認されやすいからではないでしょうか。しかし、ストレッチに限らず、見た目だけを重視するのは禁物です。たとえば、腹筋が見事にシックスパックに割れている人でも、実は無理に酷使したため、体の内部がボロボロになっていることも。数年後には肌がシワシワになってしまう恐れもあるのです」
自分の体に応じたストレッチを選ぶことが重要だそう。たとえば、猫背の人は、背中や首の筋肉が短くなり、筋肉にこりが生じている。その場合は、こった部分をゆっくりと伸ばしていく動きが効果的だ。
「ストレッチは鏡を見て、自分の体の声を聞きながらやりましょう。『今、ここが突っ張っているな』『ここが伸びているな』と対話をすることで、体の変化に敏感になります。これができるようになると、体の自由度も上がります」
森本さんは、超一流アスリートでも普通の主婦でも、肝心なことは同じと語る。
「体は自分だけの大切な乗り物です。見た目ではなく、体が楽になる、疲れにくくなる、といった体の機能や生活の向上を目指すべきだと思います」