■長男の誕生直後に夫が脳腫瘍で倒れて……
結婚後、しばらく続けたフランス料理教室をやめて専業主婦となったとき、時間を持て余し、店に顔を出すようになった。
「店には年配の女性がたまにいらっしゃるくらいで、ひまでした。賞味期限が切れたお菓子のロスもあるし“商売は大丈夫なんか?”という不安も」
そんなとき、1年間、京都府菓子工業組合の訓練校に通うことに。あんこの作り方も知らなかったが、歴史や作り方を学び、探究心がむくむくと芽生えてきた。そこで目をつけたのが、懐中しるこ。お湯を注ぐとお汁粉になる、昔からの定番商品だ。
「京都では暑いときに熱いものを食べるのが暑気払いとされているので、夏のお菓子なんです。でも“こんなん冬のほうが絶対おいしいやん”って思って」
ふと小さいときに好きだった、中にキラキラしたハートや星が入った卵形のチョコレート菓子を思い出した。
「冬に懐中しるこを楽しむなら、梅が出たら大吉とか、お正月らしくおみくじを絡めたらワクワクするって、一人で盛り上がりました」
自信満々でビルの5階にある製造部にアイデアを持ち込むため、当時50代で、19歳から亀屋良長で働く職長の山下順一さんに声をかけると……。
「白衣姿でキリッとしているし、ボディビルで鍛えていたから、見た目も怖い。でも、いいアイデアやし聞いてくれるはずと思っていたんです」
ところが山下さんからは「そんなん無理や!」「できへん」と一蹴されてしまった。良和さんが振り返る。
「ちょっと言い方が……。職人はプライドを持って仕事をしているのに、日ごろのコミュニケーションをとらないうちから、いきなり『こんなのが売れると思うんです』と持ち込んでも、何も知らない小娘がと思われて聞いてもらえません」
良和さんに話しかけるタイミングなどをアドバイスしてもらい、なんとか試作品までたどり着いた。
「うまくいかなかった部分もありましたが、だいたいイメージに近いものにしてくれて、パッケージも自分なりに考えました」
2004年にリニューアルしたおみくじ付き懐中しるこ「宝入船」は、三越のバイヤーの目に留まり、全国で販売されたのだった。
「職長さんはビギナーズラックくらいに思っていたのかも。相変わらず塩対応が続きました(笑)」
(取材・文:小野建史)
画像ページ >【写真あり】自由な発想で次々と商品のアイデアを出していった由依子さん(他2枚)
