「子供たちを腹いっぱいにしてあげられる、と一人で泣いて…」生みの親明かす“国産ポン菓子製造機”完成までの戦時中の苦悩
記事投稿日:2026/02/07 11:00 最終更新日:2026/02/07 12:33
夫・文夫さんとともに、国産ポン菓子機を日本で初めて開発した吉村利子さん(100)。甘くてサクサクの“ポン菓子”は戦後の食糧難に苦しむ多くの子供たちの希望となった(撮影:豊田有希)
「ドカーン!!」木槌が振り下ろされ、機械の蓋が開いた瞬間、腹の芯まで響く爆発音とともに白い煙が吐き出された。同時に部屋中が、香ばしい匂いで満たされていく。やがて白煙が消えると、目の前のカゴに、“ポン菓子”が小山のように積み上がっていた。米を加熱・加圧し、その後一気に減圧することで12倍にも膨れ上がったものだ。「うんうん、いい出来やね」満足げに大きくうなずいたのは吉村利子...