「胃がんリスクを高めるといわれているピロリ菌の検査を、中学生を対象に導入する自治体が全国的に急増しています。さらに、ピロリ菌に感染している生徒が希望すれば、各自治体の負担で、無料で除菌の処置も行っています。しかし、中学生の段階での検査が本当に必要かどうか、危険な副作用がある抗生物質を服用しても大丈夫なのかなど、医学的検証が十分にされていない段階で、実施に踏み切っていることに、強い危機感をおぼえるんです」
こう憤るのは、立教大学教授で精神科医の香山リカさん。県全体で取り組んでいる佐賀県、約半数の自治体が実施している北海道を筆頭に、秋田県、新潟県、大阪府なども一部の自治体で、中学生対象のピロリ菌検査が行われている。
ピロリ菌とは、正式名称をヘリコバクター・ピロリと呼ぶ、胃の粘膜にすむ菌のこと。
’94年に世界保健機関(WHO)の専門機関である国際がん研究機関が「ピロリ菌は胃がんの原因である」と認定し、日本人の胃がんの場合「99%はピロリ菌が原因」とまでいわれているものだ。
「ピロリ菌検査と除菌」をする人が増えているが、「胃がんの予防目的」の場合、保険適用ではなく自由診療となる。全額自己負担のため、検査に数千円かかり、「陽性」だった場合に除菌すると、さらに1万円程度かかる。もちろん、中学生を対象にピロリ菌検査を導入する自治体は、それらの費用をすべて負担することになる。
そんな検査・除菌を、新年度より新たに執り行う自治体のひとつが、神奈川県横須賀市だ。検査導入を推進したマールクリニック横須賀院長の水野靖大さんに話を聞いた。
「私は’18年度までの3年間、神奈川県医師会の費用負担で、約1,400人の中学2年生に行われたピロリ菌の検査と除菌事業にかかわってきました。1次検査での陽性は71人、2次検査も陽性が16人いました。陽性と判断されたこの16人のうち、13人が除菌を希望。1次除菌で9人が除菌でき、残りも2次除菌で全員が除菌できました。保菌している子がピロリ菌を放置すると、15%ほどが将来、胃がんになるといわれている。この検査で『胃がんゼロ』に近づけられるのではないかと考えています」
水野さんはこう話すが、前出の香山さんは次のように指摘する。
「ピロリ菌除菌の抗生物質の副作用には、重症化すると失明したり、死亡したりすることもあるスティーブンス・ジョンソン症候群という皮膚障害もあります。副作用のリスクや、10代が服用して30年後に本当に胃がんリスクが減るのかどうかを証明するには本来、何十年もかけてデータを取らなければいけないはず。それなのに、医学的見地を軽視して、自治体主導で急速に広がっているのが問題だと考えています」
また、原土井病院内科医で、医学博士の酒井健司さんもこう語る。
「現在、成人を対象に、ピロリ菌検査を含む胃がんリスク検診グループと、従来の方法での胃がん検診グループを比較する試験が進行中の段階です。つまり、いまだ安全性や効果について『成人を対象に実際に試して検証している段階』。だから、成人ですら任意型の自費検診なんです。そんななか、中学生に検査・除菌するリスクのほうが大きいかもしれません。生徒への検査の説明が十分になされない場合も少なくないでしょう。1次検査で『陽性』だっただけなのに、『自分はがんだ』と愕然としたり、絶望したりする生徒も、出てしまうおそれもあります」
昨年11月、日本小児栄養消化器肝臓学会は、症状のない15歳以下の子どもに、胃がん予防のためのピロリ菌の検査や除菌を行わないように提案するガイドラインを発表した。
このガイドラインでは、除菌による胃がん予防効果は40~49歳では93~98%、40歳未満ではほぼ100%というデータを基に、成人に対する検査で問題ないとしている。また、除菌によってアレルギー疾患の発症リスクが高まる「負の効果」への懸念もガイドライン作成委員から出たという。
前出の水野さんはこう反論する。
「これまで若年除菌で、重篤な副作用は報告されていません。副作用はあっても大人と同程度で、胃がんを防ぐ効果を考えれば認容範囲内のものです。それでも除菌を躊躇される方には、そもそも除菌は強制ではありませんとお伝えしたい。陽性でも、『今は除菌しない』という選択もできるんですから」
意見が分かれる中学生へのピロリ菌検査の是非。推進派も慎重派も、子どもの未来を真剣に考えていることだけは確かだ。