「3年間の追跡調査によって、『65歳以上で芸術文化的な趣味を持つ人は、うつになりにくい』ということがはっきりとわかりました」
そう話すのは、国立長寿医療研究センター老年社会科学研究部の野口泰司研究員。同センターの研究グループは今年4月、高齢者の趣味とうつの発症との関連を分析したデータを発表した。これまで英国を中心に、音楽や絵画などの芸術文化的活動、いわゆる“アート活動”がうつや認知症の予防になることは知られていた。ここに、日本伝統の文化である俳句や書道を加え、日本独自の調査を行ったのだ。その結果、芸術文化的活動(「楽器演奏」「歌」「ダンス」「手工芸」「絵画」「写真撮影」「俳句・短歌・川柳」「書道」「茶道・華道」の9グループに分類)を趣味に持っていた人は、そうでない人に比べて、うつの発症リスクがじつに約20%も低いことが確認された。
「年齢や病気の有無、仕事をしているか、学歴などの要素も広く考慮して分析しました。その上で、いずれかの趣味が1つ以上あれば予防効果がある、というデータが得られました」(野口研究員)
厚生労働省によれば、うつは国内で約15人に1人が発症する身近な病気で、近年はコロナ禍のストレスも影響して急増している。そして、うつは認知症の発症リスクを高めることがわかっている。医学誌ランセットが’20年に発表した認知症予防のガイドラインでは、認知症発症には12のリスク要因があり、うつも含まれる。認知症の病前状態である可能性があり、うつになると認知機能が低下するリスクは約2倍に。これを踏まえると、アートに関する趣味を持つことは、認知症予防にもなると考えられるのだ。
「調査した約3万8千人のうち、芸術文化的な趣味を持っている人は、全体で約31%でした。個別に調べたところ、うつ予防に特に高い関連が見られたのがダンス。うつ発症のリスクは、やっていない人と比較すると、18%低い数字でした。歌や楽器演奏の数値からも、音楽活動はうつ予防の効果が高いようです。リズムに乗って踊ることは運動にもなりますし、音楽は気分をリフレッシュさせます。また、誰かと一緒に踊るので、社会的交流の要素も含まれて、心の健康を保つのにつながったのではないでしょうか。驚いたのは、ダンスと同等に、写真撮影も2割近くうつのリスクを下げる効果があったことです」(野口研究員)
その理由として、野口研究員は、創造性を刺激し、感情を自由に表現することがストレス発散につながることを挙げる。さらに、撮った写真を家族や友人からほめられたり、撮影に夢中になることで、自信や精神的な安定につながった可能性があるという。
「ほかにも、『撮影のため外出の頻度が高くなる』『作品を見せる友達が多い』などの要素の関係も調べましたが、今回の研究では影響はありませんでした。“自由に表現できる楽しさ”が大きく関係しているようです」(野口研究員)
いっぽうで、俳句や書道といった日本伝統のアート活動の効果は意外にも低かった。
「しきたりを重んじたり、ルールや型通りにやらなければ、とかまえてしまうことが影響しているかもしれません。自分の撮りたいものを撮る、歌いたいものを歌う、といったほうがうつの予防においては効果的であるという見方もできます」(野口研究員)
高齢になっても心の健康を保つために有効なアートにまつわる趣味。興味があるものは、まずやってみる価値が大いにありそうだーー。