「10年も住んで、大家とも良好な関係でしたが、契約更新半年前に何の前触れもなしに『申し訳ないけど、家賃を大幅に上げたいんです。応じてもらえないなら、半年分の家賃を払うので、退去してくれませんか』と通告されました。
もめるのも嫌なので“違約金”を引っ越し費用や家具の費用にあて、退去しました」(50代主婦)
「父から相続したマンションに、8年間住んでいた借主がいたんです。古い物件とはいえ、都心へのアクセスが至便なファミリータイプで、家賃は破格の13万円。父と借主の関係性がありましたが、さすがに安すぎるのでマンションの契約更新を機に、2万円ほど家賃を上げたいと交渉。
先方からは『年金生活で、とても無理だ』ということでしたので、退去していただきました」(50代オーナー)
さまざまな物価上昇のあるなかでも、生活費の大きなウエートを占める賃料を引き上げることは難しく、エコノミストからは、家賃は“値上げのラスボス”といわれてきた。
しかし、こうした数々の声があるように、ついに賃貸物件の家賃値上げが始まったのだ。
■物価上昇のトレンドが家賃にまで広がってきた
不動産仲介や不動産コンサルティングを請け負う「らくだ不動産」副社長の山本直彌さんが語る。
「最近、オーナーさんから値上げ交渉をしてほしいという依頼が、かなり増えてきています。タイミングとしては、契約更新時が多いです。また物件を親から子が相続したり、オーナーチェンジしたタイミングも、賃借人との関係性が薄くなるので、家賃値上げのきっかけになります」
全国賃貸管理ビジネス協会がまとめている全国家賃動向でも、家賃上昇の状況が如実に表れている。
たとえば3部屋(3K、3DK、3LDKを含む)の物件で、2024年4月と前年同月の平均賃料を比較したところ、上昇率1位の徳島県では20.5%(金額で1万1602円)、2位の山形県では19.8%(同1万1198円)、3位の滋賀県では17.2%(同1万563円)の上昇となっている。
こうした家賃値上げの理由は、昨今の物価上昇などに関連しているという。
「一般的な賃貸借契約書には“物価の変動、土地建物に対する公租公課(固定資産税など)の増減、近隣賃料と比較して、賃料が不相当になった場合は、本契約中であっても協議の上、賃料の改定ができるものとする”といった条文が書かれています。
現在、物価が上昇し、周辺の賃料も上昇傾向にあります。さらに地価の上昇も著しい。とくに今年度は3年に一度の固定資産税の評価見直しがあり、上がる可能性があります。家賃値上げ交渉はさらに増えると予測しています」(山本さん、以下同)
賃貸物件に住んでいる以上は、誰もが無関係ではないのだ。
では、オーナーサイドから家賃値上げを打診された場合、どのように対応すればいいのだろうか。
「まず注意したいのは更新時。通常、管理している不動産会社から更新の契約書が送られてきますが、賃料改定に関して、さらりと書いてあるだけで、サインを求めるケースもあります。一方、お金のことで交渉するのは悪いと、深く考えずにサインしてしまう借主も多い。
しかし、月5千円の値上げだとしても、次回更新時の2年後までに12万円も負担が増えるので、契約時にはしっかり立ち止まって考えることです」
その場合、あせりは禁物だ。
「契約満了日が近づいている場合、期日までに契約しなければ退去を迫られると考えている人もいるでしょう。
しかし、借地借家法という法律では、借主が保護されているため、『家賃の値上げに応じない』という理由だけで、簡単に退去させることは難しいのです。
仮に話がまとまらず契約日を満了しても、従前と同じ更新をしたとみなされる法定更新がなされます。その場合、更新手数料(家賃1カ月分相当など)を徴収することが困難になるケースもあり、逆にオーナーにとって痛手になることもあるのです。
交渉は焦らず、納得いくまでサインをしないことです」