「今年8月、米国の学術誌に発表された論文の中で《便秘が重篤な病気のリスク要因となる》という衝撃的なデータが示されました」(医療ジャーナリスト)
オーストラリアのモナシュ大学生物学部、フランシーヌ・マルケス教授らの研究チームは、イギリスで実施されたUKバイオバンクの40~69歳の約50万人の調査データを用いて、便秘と心疾患の関連性について調べた。
その結果、《便秘の症状のある人はそうでない人に比べ、心筋梗塞や心不全など心疾患のリスクが2倍以上ある》、また《高血圧と便秘の両方を患っている人は高血圧だけを患っている人と比較して、心疾患リスクが34%高い》ことなどが明らかになったという。
「論文ではさらに、《便秘は世界推定人口の14%が抱え、特に高齢者と女性に影響を及ぼしている。人口のかなりの割合が腸の健康状態によって心疾患のリスクを高めている》と警鐘を鳴らしています」(前出の医療ジャーナリスト)
日本でも、女性は高齢になるほど便秘の症状がある人が増える傾向にある。腸は多数の神経細胞が集まる“第二の脳”とも呼ばれる臓器。そのコンディションが悪化すると、便秘や下痢、肌荒れやアレルギーのほか、慢性的な体の不調など、体全体に悪影響を及ぼすことはこれまでも指摘されてきた。だが、心臓にまで影響を及ぼすとはどういうことなのか。
「腸は消化吸収の働きをする臓器です。それと同時に、異物を体の中に入れないというバリア機能も兼ね備えています」
そう解説するのは、ルークス芦屋クリニック(兵庫県芦屋市)の城谷昌彦院長だ。
「腸内のいちばん外側には上皮細胞がありますが、便秘などによって腸内環境が乱れると、上皮細胞の間に隙間ができます。そこから体内に異物が侵入し、腸管から血液を通じて全身にめぐると、さまざまな臓器で慢性的な炎症を起こす原因に。これが動脈硬化を招き、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こすと考えられています。
循環器疾患は世界的に見ても死因の上位に名を連ねますが、近年の研究で、腸内環境が乱れていると、循環器の健康に悪影響をおよぼすことがわかってきました」(城谷院長)
また、腸内環境の悪化は、自律神経の乱れとも密接に関係する。特に脳と腸を結ぶ迷走神経は、内臓の環境をコントロールする働きがある。
「迷走神経は副交感神経の1つで、脳と末梢器官との情報のやりとりを担います。ストレスや生活習慣の乱れなどから迷走神経の働きが低下すると、腸の働きも低下し、本来なら腸で増殖しないような菌が増殖してしまうのです。便秘気味の人は知らず知らずのうちに腸に大きな負担をかけています。便秘の症状を軽視せず、しっかりと改善することがとても大事です」(城谷院長)
便秘の人とそうでない人の生存率について比較した’10年のアメリカの研究によると、調査を始めて15年後には、便秘の人の生存率はそうでない人に比べて2割以上低下していたという。秘は生活の質を落とすだけでなく、命を脅かすリスクを高めることが、世界中の研究でわかってきているのだ。
「排便時の癖にも注意が必要です」
そう警鐘を鳴らすのは、これまで5万人以上の腸を診察し、『腸にいい習慣ベスト100』(総合法令出版)の近著もある松生クリニック(東京都立川市)の松生恒夫院長。
「便秘が突然死のリスクとなる原因の1つとして、排便時に強く“いきむ”ことが指摘されています。血管がしなやかで弾力のある若い人は、トイレでいきんでも血圧は上がりませんが、中年以降はいきむことで急な血圧上昇を招き、くも膜下出血や心筋梗塞などを起こすトリガーになることがわかっています。高血圧症や呼吸器疾患などの持病を抱えている人は特に注意が必要です」
呼吸器疾患のある人がいきむと、動脈中の酸素が急激に減少し、低酸素血症に陥ることもある。急な低酸素血症では、息切れ、皮膚や粘膜が紫色に変色するチアノーゼ、手足の冷えといった症状が現れ、症状が進むと命に関わるという。
「多くの人は何日も排便がない状態を便秘だと思っているようですが、回数だけでなく『出しにくさ』も判断材料になります。おなかの張りや腹痛などがあり、排便が週3回未満というのが便秘の目安ですが、このほかにも『強くいきまないと便が出ない』『便が残っている感じがする(残便感)』『1回で出しきれず何度もトイレに行く(頻回便)』『肛門に便が詰まっている感じがする』といった状態も便秘です。
毎日排便があっても出にくさを感じていたら、放置せずに快便を目指して生活習慣を見直しましょう」(松生院長)
松生院長が患者さんにおすすめしているのは、三度の食事をしっかり取るのはもちろん、1日に大さじ1杯のエクストラバージンオリーブオイルを取ること。
「エクストラバージンオリーブオイルに含まれる不飽和脂肪酸のオレイン酸は、一度に多く取ると小腸で吸収されにくくなり、大腸まで届きます。大腸の腸壁を刺激することで、腸のぜん動運動が促され、便秘の改善につながると考えられています。また、腸内の潤滑油として作用するので、便をすべり出しやすくするため、スムーズな排便を助けてくれるのです。大さじ1杯を三度の食事で分けるのではなく、一度に取るのがコツです」(松生院長)
サラダにかける、パンにつけて食べるなどの取り方がおすすめだ。そしてもう1つは、水分を取ること。飲み物はコーヒーやお茶ではなく「水」がベスト。
「まだ汗ばむ陽気の日もありますが、発汗で水分が失われてしまうと、便に含まれる水分が不足し、排便にも支障をきたします。ふだんからお水を飲む、汗をかいたら余計に飲む、という習慣をつけましょう」(松生院長)
お通じのストレスからも、重篤な病気のリスクからもスッキリ解放されよう。